週末シンデレラ
「二度寝したばかりに、家の中で過ごすことになってすまないな」
また香りに引き寄せられて、不用意に近づいてしまいそうで、気をそらすために口を開いた。詩織は俺の言葉に、静かに首を振る。
「いいえ。こうしてまったり過ごすのも、楽しいですよ」
綻んだ口元から、本当にそう思ってくれているのがわかった。……嬉しい。抱きしめたい。再び高まりだす欲求をコーヒーとともになんとか飲み込む。
「昨日、ケーキでも買えばよかったな」
「今度はそうしましょう。DVDを借りて、一緒に見るのもいいですよね」
「あ、ああ……そうだな」
「今度」という言葉に頬がゆるみそうになるのを、口元を引き締めてどうにか堪える。
「次はちゃんとお泊りセットも用意します」
「お泊り……」
どうにか……と思っていた気持ちが、あっけなく崩れていく。人よりもなによりも、自分の自制心が一番信用できないと初めて知った。
俺がポツリと呟くと、詩織は慌てて頭を下げた。
「す、すみません! 征一郎さんに了解をもらっていないのに」
気にするところはそこじゃないんだが。
「いや、泊まるのは問題ないんだが……きみは、さっきから仕返しをしているのか?」
「えっ……仕返し、ですか?」
キョトンとした顔で小首をかしげ、俺を見つめてくる。……その顔も俺を煽るんだと自覚してほしい。
「あっ! べ、べつにその……やらしいことを考えていたわけじゃなくて……」
そこもちょっと違うんだけど。
さきほどから何度も煽っていることも含め、どうやら俺が不用意に近づいた仕返しをしているわけじゃなさそうだ。
「やらしいこと……考えてないのか」
「えっと……は……はい」
「なら、俺だけか……」
「え? あ、あの、征一郎さん?」
肩を落としてため息をつくと、詩織が心配そうに顔を覗き込んできた。落ち込んでいる俺を見て、耳元にそっと唇を寄せてくる。
「あのっ……ほ、本当は……征一郎さんと、もっとギュッてしたいですよ」
「えっ!?」
囁かれた言葉に驚いて詩織を見る。彼女は顔を真っ赤に染めて、照れているのか、唇を噛みしめていた。
「……」
「せ、征一郎さん……くっ、苦しいです……っ」
できることなら、今日も帰したくない。かわいくて愛おしい恋人を強く抱き締めた。
【完】
*無自覚同士の煽り合いが大好きです!
お付き合いいただき、ありがとうございました*