【番外編】惑溺 SS集

ゆっくりと近づいてくる憎たらしい唇に、目を奪われて瞬きさえできない。

呼吸する度に目の前で動く逞しい胸板。
カーテンの隙間から差し込む月明かりが、首筋から鎖骨を綺麗に浮かび上がらせる。
私の顔に柔らかくかかる、リョウの黒い前髪。
ただそれだけで、私の体は緊張して勝手に鼓動は早くなる。

ベッドの上で自由を奪うように覆いかぶさりながら、長い指でゆっくりと私の髪を梳く。
もう少し動けば唇が触れてしまいそうな距離で、私の事を見下ろす黒い瞳。
緊張で乱れた私の呼吸に気付いたのか、リョウは余裕の表情でひとり動揺する私を見て声を出さずに笑った。

「……離して」

そのリョウの余裕の態度が悔しくて、彼を睨みながらそう言った。

本心とは裏腹に反抗的な態度をとる私を見下ろして、リョウが喉を鳴らすように笑う。
そして私を押さえつける腕に、ゆっくりと力を入れた。

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