ソプラノ

ガチャ

鈴芽は屋上の扉を開け、辺りを見回す。
そこに奏夜の姿は見当たらなかった。

『一ノ瀬君、まだ来てないみたい。』

鈴芽は少しホッとしながら、扉を閉めた。

閉めた瞬間、扉の陰から聞き覚えのある声がした。

「遅い。」

陰から現れたのは紛れもなく奏夜だった。

「ったく。お前はいつもいつも遅いんだよ。」

奏夜は相変わらずの憎まれ口を叩いた。

「いつもって、まだ2回しか待たせてないじゃない!」

「この短期間で2回も待たされてるんだ。十分だろ。」

「だって、迷ったんだもん。すごく。」

鈴芽は下を向きながらそう言った。

「何を迷うんだよ。」

「放課後、行くか行かないか…。」

「何で。」

「だって…。」

鈴芽はそれ以上言葉を続けられなかった。
なんて言っていいか分からなかった。

「俺さ、お前みたいなの初めてだったんだ。」

フェンスに向かって歩きながら奏夜は喋り始めた。

「昔から、家柄とか身分の差とかで、周りは一歩引いた目で俺を見ていた。
近所のやつらや同級生、学校の先生までもそんな目で俺を見ていた。
だから、チュン子が普通に接してくれていたことが嬉しかった。」

そういい終わるとフェンスに寄りかかり校庭を見下ろした。

「でも、やっぱりお前も同じなんだな。身分が違うとかで俺から離れていく。
結局、他のやつらと同じなんだろ?」

奏夜の背中は少し寂しげに見えた。

「…違うよ。」

その言葉に奏夜は振り返って、鈴芽を見た。
さっきまで下を向いていたはずの鈴芽の目は自分に向けられていた。

「何が違うんだよ!現にお前はこの間…!」

「一ノ瀬君、あたしが友達で迷惑じゃない?」

「は?何言ってんだよ…。」

「迷惑なら、友達やめる。」

「別に迷惑ってわけじゃ…。」

「迷惑じゃないなら、やめない。」

「!」

「あたしは、身分とか、家柄とか、考えないようにする。普通に接するよ。
だから、この間はごめんなさい。この間の言葉は撤回させて。
一ノ瀬君と、これからも友達でいたい。」

鈴芽の目に迷いはなかった。
もとより、鈴芽は嘘をつくのが得意ではない。
それは奏夜もなんとなく感じていた。


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