ダイヤの誘惑
ダイヤの誘惑
「確認、お願いします」
私のデスクにプリントアウトされた用紙が、無造作に置かれる。
先月ぶんの販売推移グラフで、私が指示していたものだ。
「ありがとう」
鷹揚な笑みを浮かべて受けとると、彼は足早に自席へと戻っていく。
1年ほど前に入社してきた彼は、仕事に対して真面目にそつなくこなしてくれる。
私が事細かに指示を出さずとも、見やすいように工夫して作成されたその資料は、いちいち確認する必要はない。
けれど。
ふと、視線を向けた先。
用紙の上に貼られた、ぴらっとした紙。
シンプルな淡い黄色の付箋は、仕事上で何かとよく使う見慣れたもの。
そこに何かが書かれてある。
彼の、字だ。
右肩上がりで、癖がある。
『忘れ物が、あります』
何を?
どこで?
社内の彼のデスクには仕事の指示を出しに行く時に向かうけど、そこでペンとかを忘れた記憶はない。
見当がつかない。
それでも、思考を懸命に巡らせる。
と。
デスク脇に置いている携帯が、メールの受信を告げた。
『僕の家にダイヤのピアスがあります』
< 1 / 2 >