海の城 空の扉
「わたしには、分からないわ」

ささやくような声で答えると、アスタリスはラドリーンの小さな手を取って、手のひらにそっと口づけをした。

「俺と行こう、ラドリーン。一緒に、このろくでもない世界を捨てよう。今すぐにでも」

思いがけず、ラドリーンの中に迷いが生じた。

以前は素敵な考えだと思ったのに――

「この世界の人達はどうなるの?」

「知るか」

アスタリスは、苦々しく言った。

「幻獣が去り、魔法が完全に消え失せれば、知識や技術は一気に衰退するだろう。だが、それくらいでちょうどよいのかも知れん。この世界の者達は、強大な力を扱うには、知性も品性も足りぬ」

そんな沈みゆく世界を永遠に去って、穏やかで美しい世界に行く。そして――?

ただ流れるように生きていく。

それでは、海の城にいた時と何も変わらない。

自由を手にしたところで、何も変わらない。何の意味もない。

核となるものが何もない、虚ろな自分では。

「わたしは――」

言いかけた言葉を、アスタリスは人差し指で制した。
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