海の城 空の扉
誰かが自分の名前を口にするのを最後に聞いたのは、いつの事だろう?

ラドリーンは、くすぐったい気持ちになって俯いた。


「リナム、この娘をどこからさらってきた?」


――さらってなんかいないよ

リナムが不満げに言った。

――ラドリーンはマールの城に住んでいるんだ


「マール城? なんだ。お前、しばらく見ないと思ったら、そんな近くにいたのか」


――うん。だってあそこには、鰊の薫製がいっぱいあるんだもの。でね、お城の下働きはみんな喋れなくされるんだ。厨房にいたら一緒に呪(まじな)いにかかっちゃって。だから、戻って来れなかったんだ


「誰に呪いをかけられた?」


――異教の祭司みたいな奴。ほら、赤ちゃんを抱いたお母さんの像に仕えてる奴さ


「ほう。教会の司教が怪しげな呪いを使うとはな」


「城に司教はいないわ」

ラドリーンがぽつりと口を挟んだ。


「そうなのか?」

アスタリスはそう言うと、ラドリーンの横に座った。

ラドリーンは慌てて腰をずらしたが、反対側にリナムがいるので、それほど距離は離れない。

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