海の城 空の扉
閉じた瞳にアスタリスの顔が浮かんだ。


からかうような笑みが

歌う時の真剣な眼差しが

竪琴に触れるよりもそっと、ラドリーンに触れる指先が――


「アスタリス」

ラドリーンは呟くように、その名を口にした。


抱きしめて欲しかった。

何も心配はいらないと、歌うようにささやいてもらいたかった。


でも、もう会えないかもしれない。


ラドリーンの眦(まなじり)から涙がこぼれた。


たとえ会えたとしても、アスタリスはテオドロス達に追い払われるだろう。

魔法の歌を歌えるとしても、彼はただの歌人(うたびと)だもの。

武装した騎士達に勝てるはずがない。


冷たい指がラドリーンの涙を拭った。

目を開けると、テオドロスが傍らに跪いていた。

次の瞬間、リナムがテオドロスの手に素早い一撃を与えた。


「リナム!」

ラドリーンは慌てて起き上がり、毛を逆立てて唸っているリナムを抱き上げた。


見ると、テオドロスの手の甲に血が滲んでいた。


「ごめんなさい」

ラドリーンは謝った。

「この子は知らない人を警戒するの」

< 89 / 159 >

この作品をシェア

pagetop