危険な香り
危険な香り
「へえ。偶然ってあるもんだな」
その薄い唇が親しげな言葉を発した。
髪にはメッシュを耳には三つのピアス。
夜の湖を連想させるキラキラした瞳は十年前と同じで、制服を着崩していた
高校生の時のままだった。
一つ年下の竹下空飛(ツバサ)。
このホテルのラウンジ内で彼氏にデートをすっぽかされ、帰ろうかと思っていた矢先だった。
スツールに座る私の隣に近づき、もう一度ニヤリと笑う。
メタルブルーの間接照明が、その瞳に冷たく反射して柄にもなく視線を逸らせないでいた。
仕立てはいいが、藍色の派手なスーツに、誂えたようなシャツとネクタイはどこから見ても一般人には見えない。
手首に光るチラリと見えた高級時計は普通の二十代のサラリーマンでは到底、買えない代物。
フワリと香るメンズもののフレグランスのせいか、カウンターに飾られたカサブランカのせいなのか、その香りに軽い眩暈を覚えた。
一つ年下の不良男子は、あの頃の瞳をたずさえたまま、危ないその筋の男へと変貌していた。
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