Over Line~君と出会うために
今の絶賛のお気に入りは、スイートキューティだ。正式名称は『魔法少女☆スイートキューティ』で、いわゆる魔法少女ものの範疇だが、深夜帯に放送していたアニメだから、厳密には子供向けではない。魔法少女という響きで侮って見ていると、痛い目を見る深い話だ、と、貴樹は思っている。その中でも、貴樹はヒロインの親友ポジションにいる『あすか』がお気に入りだった。今現在の『俺の嫁』だ。少々ツンデレな言動が魅力の、黒髪美少女キャラである。
もちろん、そんなことを表立って喋っては、せっかく作り上げたイメージが崩れる。マニアの常とでも言うべきか、元来はお喋りな貴樹ではあったが、言いたいことの半分も言えないのでは身体に悪い。にっこり笑って用意された台本を読むことを了承してはいても、もやもやとしたものは確実に増えて行く。
ああ、これがストレスってヤツなのかな、と、思ってしまうのは仕方があるまい。
(大体さぁ、俺を流行に乗せようってのが無茶な要求なんだっての。自慢じゃないが、俺の家のテレビはゲーム画面とアニメしか映さんのだぞ。イメージが崩れるから喋るなって言われても、俺がオタクなのは変えようのない事実だってのを認めろよな……。アニメとエロゲが好きで何か悪いのか。人に迷惑かけてるのか? そもそも、そんなことがばれて離れて行くようなファンなんて、俺のことなんかそんなに好きじゃないのさ)
流れる自分の曲を聴きながらいじいじとそんなことを考えている自分の後ろ向きな思考も、実は嫌だ。だから、マネージャーの言うことにも一理あると思って、おとなしく従っている。完全に彼女の言葉を否定できないからこそ、納得のできない部分があっても従うべきだと判断しているのだ。
歌うことは、好きだ。
歌は自分の天職だと、思っていることも本当だ。
だから、ここで失敗して終わりたくない。自分の趣味を知られることは痛くも痒くもないが、それが原因となって歌えなくなるという未来があると考えるのは、ぞっとする。
それだけは、絶対に嫌だった。
とは言え、発言を制限される生活はかなりのストレスをもたらすことに、違いはなかった。趣味のことになると普段の何倍も饒舌になってしまう貴樹としては、かなり辛い。ふとした拍子に、うっかり爆発してしまいそうになることもある。
正直になれる場所が欲しい、と思うことがある。自分をただの『東城貴樹』とだけ見て、話をしてくれる、そんな友だちが欲しかった。素の自分に戻ることができるのが、隠れアカウントでつぶやくツイッターだけだというのは悲しすぎる。
そりゃ、地元に戻ればそういう友だちはいる。こんなに有名になる前にできた友だちだって、少ないながらも存在する。それでも、彼らは『REAL MODEの東城貴樹』を知っているわけで、当たり前のことでも少し寂しい。
(あれだけテレビに出ているのに、俺のことを知らない人もいるんだな……)
貴樹自身、自分はそれなりにトップに近い場所にいると思っていた。
それは自惚れでも何でもなく、事実として存在しているものだったからだ。テレビに出ていない日なんて数えたこともないし、そうではない自分なんて、今は考えられなかった。
なのに、彼は自分を知らないと言った。あの言葉に、嘘があったとは思えない。おまけに、頭に豆腐が詰まっているとまで言ってのけたのだ。
腹が立つよりも何よりも、純粋に疑問に思ったのだ。
あれほどまでにテレビに出ているのに、自分を知らない人間がいることへの、純粋な疑問だ。けれど、それはすぐに興味に変わり、その気持ちは、今や何とも表現し難いものになりつつある。
最初は、彼女が自分を知らないということに、本当に驚いたのだ。
迂闊に一人で出歩くと、結構な高確率でとんでもないことになるのは経験済みだ。さすがにアキバでうろついている時に見つけられたことはないが、普通に歩いていて見つかることはよくある。一応、変装らしきものをすることはするのだが、ファンにかかればそんなものはあってもなくても同じことらしい。この前、彩と初めて会った時にしても、一人でぶらぶらしていたらファンに見つかって追い回されて、どうにか逃げるために飛び込んだのがあの喫茶店だった。
イメージされている東城貴樹であれば、絶対に立ち寄りそうもない場所。咄嗟に考えたにしては、成功だったと思う。当然、あの後、きちんとお店に連絡をして、迷惑をかけたことを告げ、謝罪はした。迷惑をかけたのは事実だから、謝るべきところは間違えてはならないからだ。
彼女は……彩は、おそらく、あの店の常連なのだろう。あそこで過ごす時間を邪魔されて怒っていたようだから、そうに違いないと思う。
あまりテレビを見ない人なのかもしれない、とも考えたが、それにしても、まるで認識されていなかったのが嬉しいのか悔しいのかよくわからない。
貴樹が出演しているのは、何も音楽番組に限ったことではない。バラエティだとか、トーク番組だとか、もらえる仕事にはできる限り応えたいとは思っている。何より、CMだってそこそこ出ているはずなのに、それすら認識されていないというのも何とも言えない。彩は、よほどテレビを見ない種類の人間なのだろう。
だが、考えてみれば、そういった相手は貴樹にとって貴重な存在だった。いろいろと聞かれずに済むし、イメージと違うことを口走ったとしてもがっかりされたりはしない。うっかり『俺の嫁』の話をしても、苦笑されるだけでドン引きされることはないかもしれない。
世間に与えているイメージには気を使え、と口をすっぱくして言われているのだ。鬼のようなマネージャーからは。
この放送が終わったら、ちゃんとメールに返事を書こう。と、貴樹はいつになくうきうきしながら思った。
彼女は、食事は何が好みだろう。
生放送中だというのに、貴樹の頭の中はお花畑だった。
まずは、友だちになることから始めよう。そして、彼女が自分の趣味に寛容であれと思う。スイートキューティのグッズを持っていたくらいだから、吐き気がするほど嫌悪しているとかそういうことではないと思いたい。
その先にどうなるかはわからないまでも、貴樹は、そう決意したのだった。
もちろん、そんなことを表立って喋っては、せっかく作り上げたイメージが崩れる。マニアの常とでも言うべきか、元来はお喋りな貴樹ではあったが、言いたいことの半分も言えないのでは身体に悪い。にっこり笑って用意された台本を読むことを了承してはいても、もやもやとしたものは確実に増えて行く。
ああ、これがストレスってヤツなのかな、と、思ってしまうのは仕方があるまい。
(大体さぁ、俺を流行に乗せようってのが無茶な要求なんだっての。自慢じゃないが、俺の家のテレビはゲーム画面とアニメしか映さんのだぞ。イメージが崩れるから喋るなって言われても、俺がオタクなのは変えようのない事実だってのを認めろよな……。アニメとエロゲが好きで何か悪いのか。人に迷惑かけてるのか? そもそも、そんなことがばれて離れて行くようなファンなんて、俺のことなんかそんなに好きじゃないのさ)
流れる自分の曲を聴きながらいじいじとそんなことを考えている自分の後ろ向きな思考も、実は嫌だ。だから、マネージャーの言うことにも一理あると思って、おとなしく従っている。完全に彼女の言葉を否定できないからこそ、納得のできない部分があっても従うべきだと判断しているのだ。
歌うことは、好きだ。
歌は自分の天職だと、思っていることも本当だ。
だから、ここで失敗して終わりたくない。自分の趣味を知られることは痛くも痒くもないが、それが原因となって歌えなくなるという未来があると考えるのは、ぞっとする。
それだけは、絶対に嫌だった。
とは言え、発言を制限される生活はかなりのストレスをもたらすことに、違いはなかった。趣味のことになると普段の何倍も饒舌になってしまう貴樹としては、かなり辛い。ふとした拍子に、うっかり爆発してしまいそうになることもある。
正直になれる場所が欲しい、と思うことがある。自分をただの『東城貴樹』とだけ見て、話をしてくれる、そんな友だちが欲しかった。素の自分に戻ることができるのが、隠れアカウントでつぶやくツイッターだけだというのは悲しすぎる。
そりゃ、地元に戻ればそういう友だちはいる。こんなに有名になる前にできた友だちだって、少ないながらも存在する。それでも、彼らは『REAL MODEの東城貴樹』を知っているわけで、当たり前のことでも少し寂しい。
(あれだけテレビに出ているのに、俺のことを知らない人もいるんだな……)
貴樹自身、自分はそれなりにトップに近い場所にいると思っていた。
それは自惚れでも何でもなく、事実として存在しているものだったからだ。テレビに出ていない日なんて数えたこともないし、そうではない自分なんて、今は考えられなかった。
なのに、彼は自分を知らないと言った。あの言葉に、嘘があったとは思えない。おまけに、頭に豆腐が詰まっているとまで言ってのけたのだ。
腹が立つよりも何よりも、純粋に疑問に思ったのだ。
あれほどまでにテレビに出ているのに、自分を知らない人間がいることへの、純粋な疑問だ。けれど、それはすぐに興味に変わり、その気持ちは、今や何とも表現し難いものになりつつある。
最初は、彼女が自分を知らないということに、本当に驚いたのだ。
迂闊に一人で出歩くと、結構な高確率でとんでもないことになるのは経験済みだ。さすがにアキバでうろついている時に見つけられたことはないが、普通に歩いていて見つかることはよくある。一応、変装らしきものをすることはするのだが、ファンにかかればそんなものはあってもなくても同じことらしい。この前、彩と初めて会った時にしても、一人でぶらぶらしていたらファンに見つかって追い回されて、どうにか逃げるために飛び込んだのがあの喫茶店だった。
イメージされている東城貴樹であれば、絶対に立ち寄りそうもない場所。咄嗟に考えたにしては、成功だったと思う。当然、あの後、きちんとお店に連絡をして、迷惑をかけたことを告げ、謝罪はした。迷惑をかけたのは事実だから、謝るべきところは間違えてはならないからだ。
彼女は……彩は、おそらく、あの店の常連なのだろう。あそこで過ごす時間を邪魔されて怒っていたようだから、そうに違いないと思う。
あまりテレビを見ない人なのかもしれない、とも考えたが、それにしても、まるで認識されていなかったのが嬉しいのか悔しいのかよくわからない。
貴樹が出演しているのは、何も音楽番組に限ったことではない。バラエティだとか、トーク番組だとか、もらえる仕事にはできる限り応えたいとは思っている。何より、CMだってそこそこ出ているはずなのに、それすら認識されていないというのも何とも言えない。彩は、よほどテレビを見ない種類の人間なのだろう。
だが、考えてみれば、そういった相手は貴樹にとって貴重な存在だった。いろいろと聞かれずに済むし、イメージと違うことを口走ったとしてもがっかりされたりはしない。うっかり『俺の嫁』の話をしても、苦笑されるだけでドン引きされることはないかもしれない。
世間に与えているイメージには気を使え、と口をすっぱくして言われているのだ。鬼のようなマネージャーからは。
この放送が終わったら、ちゃんとメールに返事を書こう。と、貴樹はいつになくうきうきしながら思った。
彼女は、食事は何が好みだろう。
生放送中だというのに、貴樹の頭の中はお花畑だった。
まずは、友だちになることから始めよう。そして、彼女が自分の趣味に寛容であれと思う。スイートキューティのグッズを持っていたくらいだから、吐き気がするほど嫌悪しているとかそういうことではないと思いたい。
その先にどうなるかはわからないまでも、貴樹は、そう決意したのだった。