Over Line~君と出会うために
(……メール? こんな朝っぱらから、誰?)
 彩が朝起きてから携帯を覗くと、メールが来ていた。
 送信時刻を何気なく見てみれば、午前四時半。ごく普通の生活をしているのなら、大抵の人間は夢の中だ。どういう生活サイクルの持ち主が、こんな少々常識はずれな時間帯にメールを送ってくるのだ、と思えば、差出人の欄は東城貴樹になっていた。
 彩でなくとも、首を傾げたくなるのは常識の範疇で生活している者としては、当然のものだと思いたい。昨夜は多少なりとも感じていた罪悪感が、微妙に吹っ飛んでしまいそうだ。
 少しすっきりしない頭でメールを開いて見てみると、最初に来たメールとほぼ同じ内容だった。要するに、食事に誘っているものだ。彩が都合のつく日程を書いたものだから、早速日時と場所を指定する旨が記されていた。
「……どうしろと」
 メールの文面を見て、彩は頭を抱えたくなった。
 指定されている日時は、明日の夜。予約はして話は通しておきますのでご心配なく、なんて、紳士めいた言葉まで添えられている。
 ここまでされているのに、今更無視すると言うのも気が引ける。彩が思っている以上に、向こうがこの前のことを気にしているらしいことが伝わってくるからだ。
 だが、問題は、向こうが指定してきた場所だ。
 意外すぎて戸惑う、とでも言えばいいのかもしれない。急にこんな場所に呼び出されても、困る。第一、彩はこんな場所には縁がない。
 指定されたのは、いわゆる一流ホテルのレストラン、だ。
名前は聞いたことがあるが、ここには行ったことはない。行こうと思ったこともない。職場の研修で一応のマナーは叩き込まれてはいるから、こうした場所に呼ばれて不自由を感じることはないが、問題はそこではない。
 こんな場所に呼び出して何がしたいのか、彩にはさっぱり理解できない。第一、ここのレストランの値段は卒倒しそうなものがついていたような気がするのだが、どうしろと。
「……これは、もちろんあいつの奢りなんだよね……?」
 でなければその場で帰る、とつぶやきながらも、彩は簡単にメールを打って送信した。
 返事は、たった一言だけ。「わかりました」だった。
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