Over Line~君と出会うために
「……どうしろって言うんだろう……」
指定されたレストランの入り口を、物陰からちらちらと伺いつつ、彩は一人つぶやいた。
何と言うか、気後れして入れない、とでも言おうか。
正直に言って、このような場所には不慣れだ。普段の自分には、縁遠い場所。一応、事前に調べてみたが、ドレスコードなどは間違いはないはずだ。さすがにジーンズで来るような常識はずれはしていないから、大丈夫だろう。それでも、敷居が高いことに変わりはない。
ここに来るまでに何度となく帰りたいと思ったが、一度約束してしまったからには破るのは人として何か間違えている気がする。
柱の陰に隠れて深呼吸を繰り返し、気合を入れ直して入り口に近づいて行く。
「いらっしゃいませ。ご予約はなさっておられますか?」
「……あ、えーと、待ち合わせなんですが……。三枝彩(さえぐさあや)といいます」
貴樹からのメールにあった通りに名乗れば、彼は既に心得ていたようで、即座にうなずいた。
「東城さまのお連れさまですね。承っております。東城さまは既にお待ちですので、ご案内いたします」
素知らぬふりを装って案内を受けながらも、彩は内心で少々うろたえていた。
頭の中は、あの、貴樹と名乗った男の正体について何通りもの仮説がぐるぐると回っている。だが、明確な答えのビジョンは見えてこない。謎過ぎるのだ。
最初に受けた、頭のねじの緩んだ男の印象。そこはかとなく、派手に見える外見。そして、メールから受けた意外と生真面目そうな印象。そのうえ、選んだのがここだ、という事実。
さっぱりわからない。
わかるのは、貴樹が最初の印象とは違う男だ、という客観的事実くらいだ。
いろいろと考えていると、ますます彼が何者なのかがわからなくなる。だが、それについて、誰かが答えをくれるわけでもない。かと言って、本人に直接尋ねるというのも、どうにも気が引ける。
彩が悩んでいるうちに案内の者が立ち止まり、指し示された先は奥まった場所にある個室だった。
(個室、なの!? どういうこと? あの人、何者?)
ますます、ワケがわからない。
第一、こんな所、あんな程度のことで初対面に近い相手を誘う場所ではなかろう。場違いも甚だしい。このまま帰ってもいいだろうか、と思いながらも、彩は引き返せないまま開かれたドアの向こうへと足を踏み入れた。
「いらっしゃぁい!」
ドアの向こうから彩を出迎えたのは、すっとんきょうな声だった。
場所は高級感に溢れていても、本人の雰囲気はそうでもないらしい。けれど、それは彩の期待を裏切らないものでもあって、何となくほっとした。どんな場所にあろうとも、彼は彼なのだ。彩が受けた印象のまま、そこに彼はいた。
ここの雰囲気が、どうにも思っていたものとは違っていて、知らず緊張していたのかもしれない。
「来てくれてありがとう! すっごく嬉しいよ! もしかしたら、二度と会ってもらえないかと思ってたから!」
にこにことしながら、正面のテーブルに座った貴樹が彩を見ている。
ほら、座って座って、なんて促されて、彩は内心どうするべきか迷いながらも、貴樹の言葉に従うしかない。
やはり、場違いだ。
こんな場所で、二人で個室にこもるなんて、何だか誤解して下さいと言わんばかりな気がしてならない。誰の誤解を警戒しているのかと言われてもわからないが、何となく、そんな気がした。
「ごめんね、俺の都合のいい場所に呼び出したりして。あ、でも、変なことは心配しないでもいいよ。ここはよく使う場所だし、俺の事情も知っているからさ。ちょっと事情があって、大勢の人がいる所で食事をするのが苦手なんだよね。あ、それで、何がいい? 俺、勝手にコース頼んじゃったんだけど、苦手なものとかあったりする? 変えなくてもいいなら、ここからワイン選んで」
一人でマシンガンのようにまくし立てて、貴樹は手にしていたワインリストを彩へと差し出した。
彩はそれに圧倒されつつも苦笑して、そのリストを軽く押し戻す。
「悪いけど、私、あまりワインが得意じゃないから」
「あ、そうなの? じゃあ、飲みやすくて料理に合うものを適当に持ってきて」
リストを店員に返しながらそう言って、貴樹は落ち着きなさそうに視線を宙にさまよわせた。
こういった場に慣れていることは事実のようだが、落ち着きがないのも、また彼の揺るぎない事実なのだろう。
席について少しばかり冷静さを取り戻すと、周囲のことを考える余裕も生まれてきて、彩はじっと貴樹を観察する。
初めて会った時の印象の通り、基本的に落ち着きのなさそうな頭のネジが緩んでいそうなタイプだ。そこはかとなく派手な印象を受ける見た目も、変わらない。だが、メールの文面の印象は違っていて、彼はとても生真面目な人間に思えた。
指定されたレストランの入り口を、物陰からちらちらと伺いつつ、彩は一人つぶやいた。
何と言うか、気後れして入れない、とでも言おうか。
正直に言って、このような場所には不慣れだ。普段の自分には、縁遠い場所。一応、事前に調べてみたが、ドレスコードなどは間違いはないはずだ。さすがにジーンズで来るような常識はずれはしていないから、大丈夫だろう。それでも、敷居が高いことに変わりはない。
ここに来るまでに何度となく帰りたいと思ったが、一度約束してしまったからには破るのは人として何か間違えている気がする。
柱の陰に隠れて深呼吸を繰り返し、気合を入れ直して入り口に近づいて行く。
「いらっしゃいませ。ご予約はなさっておられますか?」
「……あ、えーと、待ち合わせなんですが……。三枝彩(さえぐさあや)といいます」
貴樹からのメールにあった通りに名乗れば、彼は既に心得ていたようで、即座にうなずいた。
「東城さまのお連れさまですね。承っております。東城さまは既にお待ちですので、ご案内いたします」
素知らぬふりを装って案内を受けながらも、彩は内心で少々うろたえていた。
頭の中は、あの、貴樹と名乗った男の正体について何通りもの仮説がぐるぐると回っている。だが、明確な答えのビジョンは見えてこない。謎過ぎるのだ。
最初に受けた、頭のねじの緩んだ男の印象。そこはかとなく、派手に見える外見。そして、メールから受けた意外と生真面目そうな印象。そのうえ、選んだのがここだ、という事実。
さっぱりわからない。
わかるのは、貴樹が最初の印象とは違う男だ、という客観的事実くらいだ。
いろいろと考えていると、ますます彼が何者なのかがわからなくなる。だが、それについて、誰かが答えをくれるわけでもない。かと言って、本人に直接尋ねるというのも、どうにも気が引ける。
彩が悩んでいるうちに案内の者が立ち止まり、指し示された先は奥まった場所にある個室だった。
(個室、なの!? どういうこと? あの人、何者?)
ますます、ワケがわからない。
第一、こんな所、あんな程度のことで初対面に近い相手を誘う場所ではなかろう。場違いも甚だしい。このまま帰ってもいいだろうか、と思いながらも、彩は引き返せないまま開かれたドアの向こうへと足を踏み入れた。
「いらっしゃぁい!」
ドアの向こうから彩を出迎えたのは、すっとんきょうな声だった。
場所は高級感に溢れていても、本人の雰囲気はそうでもないらしい。けれど、それは彩の期待を裏切らないものでもあって、何となくほっとした。どんな場所にあろうとも、彼は彼なのだ。彩が受けた印象のまま、そこに彼はいた。
ここの雰囲気が、どうにも思っていたものとは違っていて、知らず緊張していたのかもしれない。
「来てくれてありがとう! すっごく嬉しいよ! もしかしたら、二度と会ってもらえないかと思ってたから!」
にこにことしながら、正面のテーブルに座った貴樹が彩を見ている。
ほら、座って座って、なんて促されて、彩は内心どうするべきか迷いながらも、貴樹の言葉に従うしかない。
やはり、場違いだ。
こんな場所で、二人で個室にこもるなんて、何だか誤解して下さいと言わんばかりな気がしてならない。誰の誤解を警戒しているのかと言われてもわからないが、何となく、そんな気がした。
「ごめんね、俺の都合のいい場所に呼び出したりして。あ、でも、変なことは心配しないでもいいよ。ここはよく使う場所だし、俺の事情も知っているからさ。ちょっと事情があって、大勢の人がいる所で食事をするのが苦手なんだよね。あ、それで、何がいい? 俺、勝手にコース頼んじゃったんだけど、苦手なものとかあったりする? 変えなくてもいいなら、ここからワイン選んで」
一人でマシンガンのようにまくし立てて、貴樹は手にしていたワインリストを彩へと差し出した。
彩はそれに圧倒されつつも苦笑して、そのリストを軽く押し戻す。
「悪いけど、私、あまりワインが得意じゃないから」
「あ、そうなの? じゃあ、飲みやすくて料理に合うものを適当に持ってきて」
リストを店員に返しながらそう言って、貴樹は落ち着きなさそうに視線を宙にさまよわせた。
こういった場に慣れていることは事実のようだが、落ち着きがないのも、また彼の揺るぎない事実なのだろう。
席について少しばかり冷静さを取り戻すと、周囲のことを考える余裕も生まれてきて、彩はじっと貴樹を観察する。
初めて会った時の印象の通り、基本的に落ち着きのなさそうな頭のネジが緩んでいそうなタイプだ。そこはかとなく派手な印象を受ける見た目も、変わらない。だが、メールの文面の印象は違っていて、彼はとても生真面目な人間に思えた。