丹後の国の天の川。
「討て」
あずみはその囁き声を聞き漏らさなかった。
「あぶない、島子! なにかが、くる…」
あずみの右肩に矢が刺さった。
島子はすっかり取り乱し、あずみの名を呼び続けた。
「うっ、いたっ…。でも痛いだけみたい、死にはしないわ」
「あずみ…しかしこの矢はいったい」
島子の船を、数隻の船が取り囲む。
すべての船に大和の兵が武器を携え乗船していた。
島子はあずみを庇うように抱きかかえ、身構えた。
「筒川の浦島子。我々と共に来るのだ。貴様の処刑が決まったそうだ」
「処刑…」
「島子さんがなにしたってのよ。奪ったのはそっちの癖してひどいわ」
「あずみ、よさないか…」
「大君(おおきみ)がお決めになったことだ、我々に権限はないのさ」
重い口調に変わった。
じつはこの武将も島子の魚をわけてもらったりの交流があったのだ。
「吉備津彦様おひとりでは、どうにもできなかったそうです、おゆるしを…島子さま、いえ、阿久留王」
「いいんです。これがさだめなら、しょうがないじゃないですか」
「威嚇するつもりで討った矢がお嬢様に刺さってしまいました、おゆるし願いたい」
「平気。もう痛くないわ…。それより阿久留ってなに」
「千葉でそう呼ばれていたのです。島子様の別称は、アクル…。土蜘蛛(盗賊の頭領)とか言われましたが、立派な豪族です。名前を変えただけで温羅も同様でした。こちらに流れ着いてきたのもつかの間、このようになるとは」
「難斗米(なしめ)さん、もうそのへんで」
島子はあずみに向き直ると、きつく抱擁して最後の別れを惜しんだ。
「あずみ…きみに逢えたことは運命だったんだ。ぼくはそう信じてる。そしてこうなることを教えてくれたのも、きみだったね…なぜ信じてあげられなかっただろう、きみは必死にぼくを助けようとしてくれたのにね。でも感謝している。母上が引き合わせてくれたのだと…」
「私は納得してないからね! こんな別れ方いやだ! どうしてあなたが、死ななくちゃいけないのよ」
「ぼくが生きていると…」
島子はよけいな言葉を絶ち、あずみを何度も抱きなおした。
「だいじょうぶ。ぼくは死んでも魂があれば、きみのそばにいるから」
「いやだ! あなたがいなければ、私には生きてる意味が…」
あずみは、島子と引き離され、やがて吉備津彦と対面する。
「ねえ、島子を助けてあげて。代わりに私が死んでもいいから。お願いだから殺さないで…」
「むちゃいうなよ…。おまえが死んで、どんな意味があるんだ」
「だったら島子さんを殺したって同じだよね。あの人殺して、どんな意味を成すの」
吉備津彦はあずみの問いに閉口した。正論だったからだ。島子はなにもしていない。生きていられると、ただ政治的に都合が悪いというだけのこと…。
「だから俺は、だから俺は、朝廷という箱庭が、大嫌いだ。温羅は悪事など犯してない。それなのに…」
吉備津彦はあずみを強く抱きしめ、すすり泣いた。あずみは吉備津彦の悲痛な叫びをこのとき初めて聞いたのである。
あずみはその囁き声を聞き漏らさなかった。
「あぶない、島子! なにかが、くる…」
あずみの右肩に矢が刺さった。
島子はすっかり取り乱し、あずみの名を呼び続けた。
「うっ、いたっ…。でも痛いだけみたい、死にはしないわ」
「あずみ…しかしこの矢はいったい」
島子の船を、数隻の船が取り囲む。
すべての船に大和の兵が武器を携え乗船していた。
島子はあずみを庇うように抱きかかえ、身構えた。
「筒川の浦島子。我々と共に来るのだ。貴様の処刑が決まったそうだ」
「処刑…」
「島子さんがなにしたってのよ。奪ったのはそっちの癖してひどいわ」
「あずみ、よさないか…」
「大君(おおきみ)がお決めになったことだ、我々に権限はないのさ」
重い口調に変わった。
じつはこの武将も島子の魚をわけてもらったりの交流があったのだ。
「吉備津彦様おひとりでは、どうにもできなかったそうです、おゆるしを…島子さま、いえ、阿久留王」
「いいんです。これがさだめなら、しょうがないじゃないですか」
「威嚇するつもりで討った矢がお嬢様に刺さってしまいました、おゆるし願いたい」
「平気。もう痛くないわ…。それより阿久留ってなに」
「千葉でそう呼ばれていたのです。島子様の別称は、アクル…。土蜘蛛(盗賊の頭領)とか言われましたが、立派な豪族です。名前を変えただけで温羅も同様でした。こちらに流れ着いてきたのもつかの間、このようになるとは」
「難斗米(なしめ)さん、もうそのへんで」
島子はあずみに向き直ると、きつく抱擁して最後の別れを惜しんだ。
「あずみ…きみに逢えたことは運命だったんだ。ぼくはそう信じてる。そしてこうなることを教えてくれたのも、きみだったね…なぜ信じてあげられなかっただろう、きみは必死にぼくを助けようとしてくれたのにね。でも感謝している。母上が引き合わせてくれたのだと…」
「私は納得してないからね! こんな別れ方いやだ! どうしてあなたが、死ななくちゃいけないのよ」
「ぼくが生きていると…」
島子はよけいな言葉を絶ち、あずみを何度も抱きなおした。
「だいじょうぶ。ぼくは死んでも魂があれば、きみのそばにいるから」
「いやだ! あなたがいなければ、私には生きてる意味が…」
あずみは、島子と引き離され、やがて吉備津彦と対面する。
「ねえ、島子を助けてあげて。代わりに私が死んでもいいから。お願いだから殺さないで…」
「むちゃいうなよ…。おまえが死んで、どんな意味があるんだ」
「だったら島子さんを殺したって同じだよね。あの人殺して、どんな意味を成すの」
吉備津彦はあずみの問いに閉口した。正論だったからだ。島子はなにもしていない。生きていられると、ただ政治的に都合が悪いというだけのこと…。
「だから俺は、だから俺は、朝廷という箱庭が、大嫌いだ。温羅は悪事など犯してない。それなのに…」
吉備津彦はあずみを強く抱きしめ、すすり泣いた。あずみは吉備津彦の悲痛な叫びをこのとき初めて聞いたのである。