丹後の国の天の川。
「島子がな。おまえにこれをと」
 島子の手紙を受け取るあずみ、読み始めたが達筆すぎて理解に苦しんだ。
「読んでくれる」
 吉備津彦は肩をすくめて読んでくれた。
「あずみには感謝している。母上の手紙を持ってきてくれたときから、きみのことを気にかけていた。きみの告白はとてもうれしかった、あのときは勢いで面白いと言ったけど、本心は違う。真剣に心を奪われていたんだよ…」
 
 飛鳥川 淵は瀬になる 世なりとも 思ひそめてむ 人は忘れじ。
 
「流れの速い飛鳥川、世間では永遠がないというけれど、なにがあっても、きみを絶対忘れない。そういう意味の歌だよ」
「島子さ…。うっ」
「あずみ」
 あずみはうずくまり、嘔吐した。
 ストレスがかかると吐くものだが、あずみにその兆候は見られなかった。健康そのものである。
 吉備津彦は、ある可能性を疑ってみた。
「あずみ、おまえ、ひょっとして」
 自分に支えられながら立ち上がるあずみを、吉備津彦は悲しそうに顔をゆがめて見つめている。
「そうよ…デキたみたい。生まれたら、守ってくれる」
「俺が」
「あなたにしか頼めないじゃない…私じゃ無理。朝廷に逆らえるわけないわ…だからお願い。温羅の最後の子供を…私の好きだった人の子を、どうか」
「わかった。それじゃ俺も、歌を詠もう」
 
 吾(あ)を思ふ 人を思はぬ 報ひにや わが思ふ人の 吾を思はぬ。 

「どういう意味」
「うん、まあ、いいじゃないか。命がけでおまえたちを守る、てことだよ…」

 吉備津彦が読んだ歌の意味は、自分を思ってくれる人を思わぬ報いからか、思い人には心が伝わらない、という意味である。
 その後、吉備津彦とあずみは、吉備津彦が赤子を自分の子として育て、かりそめの夫婦を演じたが、あずみの心はどう変化したのか、誰にもわからない。
 

    

      
~fin~
  
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