丹後の国の天の川。

ハッピーエンド ヴァージョン

「ねえ、島子を助けてあげて。代わりに私が死んでもいいから。お願いだから殺さないで…」
「むちゃいうなよ…。おまえが死んで、どんな意味があるんだ」
「だったら島子さんを殺したって同じだよね。あの人殺して、どんな意味を成すの」
 吉備津彦はあずみの問いに閉口した。正論だったからだ。島子はなにもしていない。生きていられると、ただ政治的に都合が悪いというだけのこと…。    
「だから俺は、だから俺は、朝廷という箱庭が、大嫌いだ。温羅は悪事など犯してない。それなのに…」
 吉備津彦はあずみを強く抱きしめ、すすり泣いた。あずみは吉備津彦の悲痛な叫びをこのとき初めて聞いたのである。
「吉備津彦…島子さんをたすける方法、あるよ」
「どんなのだ」
「亀さんに頼むの。手伝ってくれる」
 吉備津彦は大きく頷き、あずみの耳を貸す。


「まったくもう、吉備津彦さまったら。ひとづかい、いえ、亀使いの荒い人ですねぇ」
「悪いね、急ぐことだから」
 鷺に化けた吉備津彦は、あずみに頼まれ亀を迎えにいっていたのである。
「ここらへんで待てばよろしいので?」
「ああ。頼んだぞ」
「へいへい…さあ、若いおふたかたを背中にのせなくちゃいけませんからね。待ちましょう、どっこいしょと」    


 戻ってきた吉備津彦は、兵たちに命じて、島子を断崖絶壁から突き落とす作戦に出た。
「容赦なく落としてやる。覚悟するんだな」
 くぐもった声色で、こっそりと島子にウィンクを送る吉備津彦。
 島子にはなんのことか、わからずにいた。
「ついでだから、その小娘も一緒に殺してやる。連れて来い」
「いやあっ、離してぇ」
 これが演技かというくらい、あずみは暴れまくった。
 島子は全身から血の気が引く思いで、あずみを案じている。
 吉備津彦はおかしくてたまらない様子だったが、阿呆な貴族連中にはおそらく、吉備津彦の行動は気違いのように思えたであろう。
「そらっ、地獄に逝って来いッ」
 ふたりを同時に絶壁から突き落とす。
「達者で暮らせよ…しあわせにな、島子。それと、あずみ」  

 きみ恋(こ)ふる 涙の床に みちぬれば 身をつくしとぞ 吾はなりにける。

 きみのことを恋しく思うほどに、身を削るほどに泣き濡れてしまうよ。という意味の歌である。
 
 
「ちょ、亀さん、だいじょうぶ」
 亀比売の神殿まで帰ってきた亀は、息も絶え絶えやっとこさ、島子とあずみを降ろすことが出来。
「はあはあ。なんせ長生きしてますから」 
「ご、ごくろうさま…」
 島子の笑顔は引きつっている。
「ああ、もう筒川の村には二度と戻れないな…。どのみち焼き討ちされてしまっただろうし。みんな無事だといいが…」
「吉備津彦が精一杯やってくれてるはずよ。あの人、あなたのためにずっと、泣いてた」
「そういう方だからね、吉備津彦様は…」
 島子はあずみを抱き、横を向いて肩を震わせていた。
「申し訳のないことをしたかな…」
「どうして? あなた悪くないのに。貴族が勝手すぎるんだよ。ほしいものを奪うのにわざわざ殺す必要なんて」
「それが現実さ。たとえ悪くなくても悪者にされてしまう。だから吉備津彦様は、ひとりで戦ってるんだよ、世の中を変えようと必死でね」
「そうだったんだ…。感謝しなくちゃね…」
 城の外でしばらく抱擁して吉備津彦のことを案じていたふたりだが、あずみは思い出したように切り出した。
「聞いて。このところ、身体がおかしかったんだけど、その原因がわかったんだ」
「病気したの、あずみ。だったら大事にしてなくちゃ」
「ううん、ちがうのよ。じつは…赤ちゃんが…」
 あずみの顔は耳まで真っ赤に染まっていき、うつむいたままで報告をした。
「なんだって」
「あのとき、一回しかしてなかったのに。ふしぎよねぇ」
「一発でデキちゃったんだ…ははっ、複雑だな…」  
 島子も赤くなって頭をかいていた。  
「名前、どうしよっか」
「そうだなぁ…あとで考えよう。いいの思いついとく」
「そうして。お父さんになるんだから」
 これからは3人で島子の母親、亀比売の神殿を守っていくことになるだろう。
 
 あ。亀さんもだった…。
 
     
  ~fin~  
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