丹後の国の天の川。
 朝を迎え、島子は日課の、沖へ出て魚とりをしている。
 あずみはといえば、亀に運ばれ、見知らぬ時代へつれてこられて、なにをしてよいかわからず、島子の漁の様子を眺めていることくらいしか出来ずにいる。
「のどかでいいわねぇ。ここには学校も、受験戦争も、就活もないんだから…」
 暖かい日差しを浴びていると気持ちよくなってきたのか、あくびをした。 
「島子さんて、ホント、カッコいいよね。ああいう彼氏ほしいなぁ」
「ふうん。ああいうのが好みなんだ」
 背後から話しかけられ、あずみは飛び上がるほどの勢いで驚き、崖から落ちそうになった。
「あぶない」
 腕を引っ張られて、落下を免れた。
「あ、ありが…」
 あずみは声をあげそうになった、昨日の吉備津彦だったので、固まってしまったのである。
「どうした。俺の顔、なんかついてる?」  
「いいえ。あのう、皇子さま…」
「吉備津彦でいい。なんだ」
「銅や鉄を持っていくの、やめてもらえませんか。みんな迷惑してるって…」
「島子に聞いたのか」
「そういうわけじゃないけど」
 吉備津彦はしばらく考え込むと、
「よし、わかった。全部は無理だが、出来る限りの物資は残そう」
「ありがとう。これで島子さんに恩返しが出来た…」
 あずみは口を押さえるが、とき既に遅し。吉備津彦はおかしそうに吹きだした。
「おまえ、島子のことが好きなんだな」
「そ、そういうわけじゃ…」
「俺には隠し立て無用だ。べつにおまえを、どうこうしたいわけじゃないよ。けど、名前くらい知りたいな」
 吉備津彦はあずみに微笑みかけてくる。
「あずみ」
「あずみか。変わった名だ。また会えるかな」
「わかりませんけど…」 
「いやちがった。また俺と会いたいと思うかい」
 吉備津彦は背中を向けたままで尋ねてくる。
「ええ、吉備津彦が会いたければ、いつでも…」
「ありがとう。それじゃ」
 吉備津彦は拍手を打つと、白い鷺に変身して弧を描きながら空中を舞った。
「あのひと、鳥人間だったの…?」
 あずみはあんぐりと大口を開いたまま、吉備津彦の飛び去った方向を見つめていた。
 そこをちょうど漁を終えて帰ってきた島子に声をかけられて、2度ビックリした。
「あずみ。どうかしたの」
「と、鳥人間…」
「はぁ? 馬鹿なこと言ってないで、お昼にしよう」
 島子は魚篭の中に入った大量の魚をあずみに見せながら、戸口を開いた。
 
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