丹後の国の天の川。
 いろり端に串焼きされた魚を、ふたりで取り分けて食べる。
「お魚、おいしい」
「ここらの自慢は、星空と、魚くらいだからねぇ。ほかには何もなくて、寂しいだけだよ」
「私は島子さんがいてくれれば、幸せ」
 とは、さすがに言えないあずみだった。
「おまえ、島子のことが好きなんだなぁ」
 吉備津彦に言われた言葉が、あずみの胸をしめつけていた。
「島子さんは彼女いるの」
「彼女?」
「付き合ってる人。結婚したい女の人とかさ」
「結婚ねぇ、考えたこともない。だいたいぼくは、ごらんの有様で女っ気ないだろ。なんでそんなことを」
「島子さん、カッコいいから…」
「え…」
 火箸をかき回す手を止め、あずみを見上げる島子。
 あずみは食べかけた魚をいろりに刺して、立ち上がる。
「あっ、あの、ごちそうさま。私、散歩してくる」
 せわしなく戸を開き、外へと駆け出した。 
「胸の奥が締めつけられる。どうしよう、どうしよう、顔合わせられない…」
 沖のよく見える場所に、一本松が植えられていて、雨宿りができそうな立派な樹である。
 松の樹の梢に、白い鷺が一羽、羽根を休めて止まっていた。
 あずみがやってくると、鷺は宙を舞い、あずみの前で変化した。
「よう、あずみちゃん。どうした、元気ないじゃないか」
 鳥に化けた吉備津彦だった。
「元気だよ、鳥人間さん」
「イヤな言い方するねぇ。俺は鳥人間じゃなくて吉備津彦だ、考霊天皇の…」
「知ってる、言ってみただけ」
 松の根へと腰を下ろすあずみの肩に手を置きながら、吉備津彦は囁いた。
「なにかあっただろ。言ってみな、力になるぜ」
「もう。あなたのせいよ」
「はい? なんで俺のせい?」
「さっき、あなたが変なこと言うから意識しちゃって、ついあんなことを。昨日知り合ったばかりで、おかしいって思われてるぅ」
 あずみは突っ伏して泣き出してしまった。
 吉備津彦はあずみの隣に腰かけ、あずみの手に自分の手を重ねて慰めようとした。
「好きになるのに、時間は関係ないんだよ。長い年月かけて誰かを好きなことに気づくこともあれば、一瞬で燃え上がる恋だって…きっと島子も同じ気持ちだ」
「ほんと?」
 顔を上げたあずみの頬を、滴が伝う。
「だから、泣かなくていいんだって。ほら、拭いてやる。島子が待ってると思うぜ」
 半信半疑で島子の家に戻るあずみを見送りながら、吉備津彦は重い口調でつぶやいた。
「そうさ。一瞬で燃え上がる恋だって、あるんだからな…」
 
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