丹後の国の天の川。
 それから静かに時間が流れ、あずみは島子の漁場を手伝った。
 不器用に網を扱うあずみ。島子は苦笑いを浮かべていたものだ。
 魚を取っているときでも、島子は気分で歌を詠むことがあった。
 
 春たてば 消ゆる氷の 残りなく きみが心は 吾にとけなむ。

「島子さんてさぁ、歌好きだけど、いまのどういう意味」
「さ、魚がよくとれるなぁ、と」
「ふうん。でも、きみっていわなかった」
「魚がきみなんだよ…」
 あずみが歌に興味ないのを知っていたので、島子は咄嗟にごまかしただけである。
 本当の意味は

 春が来て凍りついた水が一片も残さずに溶け出すように、きみがぼくに親しみを持ってくれて(打ち解けて)幸せだ。

 という意味なのだが…。
 例によって吉備津彦がいつものように鷺に変身して空中旋回していた。
 あずみはそれに気がついて、鷺を指差した。
「見て。また今日もいるわ、鳥人間が」
「鳥人間? この間から、きみが変なことばっか、いうもんだから…」
「なにを言いたいの? 私が変じゃないでしょ、あいつがおかしいんだってば」
 ふたりのケンカを見ていて、仲裁するどころか、鷺は下品な笑い声を立てて船の縁に落ち着いた。
「失礼な人ね。笑ってないで早く変化といてよ。私がおかしいって思われてるのよ、助けなさいよ」
「ただの鷺に怒ってもねぇ」
 島子は鼻で笑うと、魚の網を引っ張り揚げた。
「あっ…いっちゃった。からかいに来たのね。吉備津彦め…」
「えっ、皇子さま、あの鷺が? まさか」
「ほんとだよ、ほんとにあれ吉備津彦が変身してるんだよ。信じて、ねえ島子さん。信じてよ」
 島子は作業をしつつも手を休めることなく、はいはい、と答えた。
 夕食の時間になっても、その話をはさむので、島子はとうとう呆れて。
「いいかげんにしないと、怒るぞ」
「だって、ほんとに」
「あずみ、皇子さまに恨みでもあるのか? 皇子さまがそんなこと出来るはずないだろ」
「でも出来たんだよ。信じてくれないんだね。もういい」
「なにがもういいんだ? ちょっと待ちなさい…」 
 島子が言うのも聞かずに、外へ飛び出していった。
「いつも飛び出すな。外が好きなのかな」
 いや、そういう問題ではないと思うが…。
 
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