丹後の国の天の川。
 あずみはひとり膝を抱え、一本松の根元で沖を眺めていた。
 今夜は満月なので、月明かりは夜の世界をまんべんなく照らしている。
「うちに帰ろうかな」
 亀のことを思い出した。
 帰りたいときは断崖から飛び降りてください、必ず迎えに参りますから、と言っていたことを思い出した。
 だが、あずみの家は崩壊していて、両親は離婚の話を持ち出してばかりいた。
 どちらにしても、不幸な選択のようである。
「島子のことあきらめて、帰っちゃうの? 意外と根性ねえなあ」
 振り返れば吉備津彦が松の樹に寄りかかっていた。
「いつの間に…ていうか、根性ならあるし、よけいなお世話じゃ。昼間なんで助けてくれなかったの」
「だってねぇ」
 吉備津彦はニヤニヤとするばかりで、答えてくれずにいる。
「な、なによ」
「顔が赤いね。どうしちゃったの。あずみちゃん」
「あんたなんか、キライ。顔も見たくないわ」
 吉備津彦の表情が、一瞬だけ暗く陰りを見せた。しかしその後はいつもの笑顔を向けていた。
「すっかり嫌われちゃったか。そろそろ退散したほうがいいかしら」
「どうぞ、どうぞ。私、あんたとは二度と会いたくないから」
 背中を向けたまま語るあずみに、吉備津彦は無表情のまま別れのような言葉を告げた。
「じゃあな、あずみ。島子と仲良くやるんだぜ…」     
 あずみはいつもと違う口調の吉備津彦に、息を呑みながら振り返ったが、人影は失せていた。
「吉備津彦…、なんか暗かったけど」
 そのうち睡魔に襲われたあずみは、松の樹に身をもたれかけ、寝入ってしまった。

 しばらくして戻ってきた吉備津彦は、肩をすくめてあずみを抱き上げ、島子の家まで送っていくことにした。
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