短編集
吉備津彦の話
吉備津彦尊の父は孝霊天皇で、吉備津彦は三番目の皇子さま。
幼少の頃から不思議なことが大好きで、神仙術に興味を持っていた。
神仙は仙人や中国の道士が使うもので、動物に化けたり、自然を操ったりすることのできる魔法のようなもの。
吉備津彦は、それを使うことができたのだった。
神仙の国、蓬莱山(ほうらいさん)に亀比売さまの一族が住んでおり、吉備津彦は亀比売のもとを訪れては、術を習っていた。
3歳違いの筒川島子もそのころ吉備津彦と面識があり、島子はもともと神族の月読命の血が濃かったし、海を司ることができたので、とくに能力が備わらなかったようだった。
亀比売は吉備津彦に鳥に化ける術を教えてくれた。
あらゆる生き物の中で、鳥のほうが移動の速度も速いから、との判断だった。
その術を習得している最中、亀比売は病魔にむしばまれ、逝去してしまった。
「島子兄ちゃん。オレと一緒に倭(やまと)へいこう。ここにいても遊ぶものはないし、つまらぬ」
戸惑う島子を無理に引っ張って、吉備津彦は筒川村へ島子を連れて来た。
老齢者の多い地域だったので、若者は島子ひとり。
吉備津彦は島子の近くで暮らすことにした。
というのも、亀比売の亡くなる前、島子のことを守ってほしいと遺言されていたからである。
吉備津彦はふたつ返事で了承した。
命に代えても、島子のことは守るから、と。
「それで白サギにしか化けられないってわけね」
ところかわって、現在の島子の家。
あずみはおとなしく吉備津彦の話を耳にして、しんみりしていた。
「時間があれば、もっとできた。島子の母ぎみが生きていたら…」
島子は漁をする網を繕いながら、ふたりの話を聞いていた。
「島子はきっと、オレが守る。たとえ命を張ってでもだ。そうしなければ亀比売に申し訳が立たない」
「皇子様…」
あずみと島子が声をそろえた。
「さ、これで話は終わり。そろそろ帰らないと、オレの愛しい比売さまが待ってるんでね」
吉備津彦は重い腰を上げながら、笑い声をたてた。
「百田弓矢姫さまだっけ。かわいいんだよね、見たことある。お似合いよ」
「おめえに言われるまでもねえ」
吉備津彦は訛りながら、あずみに言った。
「かわいいよ。だけど、おまえのほうが何倍も…」
あずみは、聞き取れなかったので、まばたきをした。
気づけば皇子の姿はどこにもなく、あずみは島子と顔を見合わせていた。
吉備津彦は外に出て拍手を打つと、容姿をシラサギに変え、大空高く羽ばたいた。
そして比売のもとへ戻ってくると、あどけない表情で吉備津彦に抱きついてきた。
「お帰りなさい、皇子。島子さまのところへ行かれていたのですね」
「そうだよ」
吉備津彦は玄関先で靴を脱ぎ捨てた、比売は皇子の靴をそろえる。
「お元気でしたか、島子さま。それと…あのお嬢様」
「あずみのことか? あいつは殺しても、くたばらねえだろ」
「またまた、そんな…。わたし、わかってます。皇子は、きっとあの人が」
腕を後ろでに組んだまま、吉備津彦の顔を覗き込む。
「よけいなこと考えないでいい。もう寝よう。あしたは早いんだ」
比売の肩を抱き寄せながら、むしぶすま(ふかふかした掛け布団)を引き寄せ、添い寝した。
しかし、この数日後、吉備津彦が温羅(うら)退治を命じられている間に、弓矢比売のいのちは死神に削られ、黄泉へと旅立っていった…。
吉備津彦は、しばらくの間、悲しみに暮れていたという。
幼少の頃から不思議なことが大好きで、神仙術に興味を持っていた。
神仙は仙人や中国の道士が使うもので、動物に化けたり、自然を操ったりすることのできる魔法のようなもの。
吉備津彦は、それを使うことができたのだった。
神仙の国、蓬莱山(ほうらいさん)に亀比売さまの一族が住んでおり、吉備津彦は亀比売のもとを訪れては、術を習っていた。
3歳違いの筒川島子もそのころ吉備津彦と面識があり、島子はもともと神族の月読命の血が濃かったし、海を司ることができたので、とくに能力が備わらなかったようだった。
亀比売は吉備津彦に鳥に化ける術を教えてくれた。
あらゆる生き物の中で、鳥のほうが移動の速度も速いから、との判断だった。
その術を習得している最中、亀比売は病魔にむしばまれ、逝去してしまった。
「島子兄ちゃん。オレと一緒に倭(やまと)へいこう。ここにいても遊ぶものはないし、つまらぬ」
戸惑う島子を無理に引っ張って、吉備津彦は筒川村へ島子を連れて来た。
老齢者の多い地域だったので、若者は島子ひとり。
吉備津彦は島子の近くで暮らすことにした。
というのも、亀比売の亡くなる前、島子のことを守ってほしいと遺言されていたからである。
吉備津彦はふたつ返事で了承した。
命に代えても、島子のことは守るから、と。
「それで白サギにしか化けられないってわけね」
ところかわって、現在の島子の家。
あずみはおとなしく吉備津彦の話を耳にして、しんみりしていた。
「時間があれば、もっとできた。島子の母ぎみが生きていたら…」
島子は漁をする網を繕いながら、ふたりの話を聞いていた。
「島子はきっと、オレが守る。たとえ命を張ってでもだ。そうしなければ亀比売に申し訳が立たない」
「皇子様…」
あずみと島子が声をそろえた。
「さ、これで話は終わり。そろそろ帰らないと、オレの愛しい比売さまが待ってるんでね」
吉備津彦は重い腰を上げながら、笑い声をたてた。
「百田弓矢姫さまだっけ。かわいいんだよね、見たことある。お似合いよ」
「おめえに言われるまでもねえ」
吉備津彦は訛りながら、あずみに言った。
「かわいいよ。だけど、おまえのほうが何倍も…」
あずみは、聞き取れなかったので、まばたきをした。
気づけば皇子の姿はどこにもなく、あずみは島子と顔を見合わせていた。
吉備津彦は外に出て拍手を打つと、容姿をシラサギに変え、大空高く羽ばたいた。
そして比売のもとへ戻ってくると、あどけない表情で吉備津彦に抱きついてきた。
「お帰りなさい、皇子。島子さまのところへ行かれていたのですね」
「そうだよ」
吉備津彦は玄関先で靴を脱ぎ捨てた、比売は皇子の靴をそろえる。
「お元気でしたか、島子さま。それと…あのお嬢様」
「あずみのことか? あいつは殺しても、くたばらねえだろ」
「またまた、そんな…。わたし、わかってます。皇子は、きっとあの人が」
腕を後ろでに組んだまま、吉備津彦の顔を覗き込む。
「よけいなこと考えないでいい。もう寝よう。あしたは早いんだ」
比売の肩を抱き寄せながら、むしぶすま(ふかふかした掛け布団)を引き寄せ、添い寝した。
しかし、この数日後、吉備津彦が温羅(うら)退治を命じられている間に、弓矢比売のいのちは死神に削られ、黄泉へと旅立っていった…。
吉備津彦は、しばらくの間、悲しみに暮れていたという。