Secret Lover's Night 【完全版】

Tu es mon ange

泣き疲れて眠ってしまった千彩をベッドルームに移し、晴はポケットに入れっぱなしだった携帯を引っ張り出す。二つ折りのそれを見ながら少し思案し、深く息を吐いて電源を入れた。

「わー、やっぱり?ははっ」

やはり並ぶ名は、一方的に別れを告げた恋人だった女の名で。乾いた笑いと共に、独り言も出てしまうというものだ。

興味本位で留守電を一件再生してみると、それはそれは何とも言い難い、まるで「ひとならざる者」のような喚き声が小さな機械から押し出されてくる。堪りかねて停止ボタンを押して、また深く息を吐く。

悪い女ではなかった。そう思いたい。

元々仕事上の付き合いがあった彼女の職業は、ファッションモデルで。
恋人同士としての付き合いをして二ヶ月ほど経って気付く。良いのは外面だけなのだ、と。

半年に満たない付き合いの中で、何度機嫌を損ねる彼女を宥めたことか。それこそ、数えるのも億劫なくらい。そして、ふと思う。


「俺…何が楽しくてあいつと付き合ってたんやろ」


ボソリ、と漏れた言葉が全てだった。

宥めることもご機嫌取りに何かを買い与えることも、好きとは言い難いけれど嫌いとは言い切れなかった。
結婚を迫られるよりはまだいい。そう思っていた節もある。それが程々であったならば。

「あー!もうやめやめ!」

ソファに倒れ込み、手の中の攻撃的な機械を手放す。
何とか思考を切断しようと呻き声を上げてみるも、やはり女の影は執拗に付き纏って。このままではすぐに彼女からの着信音が流れ出すだろうことに気付き、むくりと体を起こし電源を切ろうとする。

そして、気付く。そんなメランコリックな気分に陥るために電源を入れたわけではないということに。

『はいはーい。お疲れ』

コールした相手は、これでもか!というほど陽気な声で応えてくれて。それに安堵し、僅かだけれど晴の気分が上がる。

「今何処に居るの?何時に帰ってくる?」
『え?なになに?今日はそうゆうプレイ?』
「あほ。そんな趣味あるか。仕事中か?」
『いやいやー、自分が振ったネタやん。移動中やで。今日はもう終わりや。メシでも行く?』
「移動中?ラッキー。そのまま家寄ってや。新大久保の――」

誘いに答えず住所を告げると、「待って!待って!」と言いながらもナビで検索する音が聞こえる。そういう律儀なところが好きだ。

『直ぐ着く思うわ。俺、今新宿におるから。ナビが誤作動せんかったらーやけどな』
「おぉ。ナビに迷ったら新型に買い替えるからな!って伝えてくれ」
『やめてや!愛しいマイハニーやのに』

笑いながらノッてくれる友人は、同じ職場で働く仕事上のパートナーでもある。
専門学校の卒業を機に二人で上京し、それから8年。壊れること無く、最良の状態でこの関係を保ってきた。

たとえどんな苦難に遭遇しようが、「何とかなるやろー」と笑うこの友人のことが晴は好きだった。

「なぁ、恵介」
『ん?何?』
「何とかなるよなぁ?」
『はい?何かあったんか?』
「まぁ、色々」
『ははっ。大丈夫や。何とかなるわー』

この言葉だけは、何度聞いても気分を晴らしてくれる。
これも相性だろうか。と、10年を超えた付き合いに、今更ながら嬉しくなった。
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