Secret Lover's Night 【完全版】
電話口で告げた事実を確認するべく到着早々ベッドルームへ直行する友人は、後姿でもわかるくらいに期待の色を滲ませている。それに苦笑いを零しながら、自分に荷物を押し付けて去って行く恵介の背に「起こすなよ」と忠告の言葉を投げた。
聞いているのかいないのか、恵介の姿はベッドルームに吸い込まれるかのように消えて行く。それに思わずため息を零したくなるけれど、紙袋二つ分の荷を押し付けられることとなった晴は諦めてリビングの隅にそれを置き、キッチンへと足を向けた。
コーヒーメーカーが音と匂いを立て始めた頃、完全に緩みきった表情の恵介がリビングへと顔を出す。
「可愛い顔して寝てるわー。何てゆう子?あのエンジェルちゃんは」
拍子抜けするその言葉に、「さすがだ…」と言葉にならなかった声がついにため息に変わって漏れる。それをどう捉えたのか、満足げにうんうんと頷いた恵介が晴の肩を軽く叩いた。
「それは…何や。そのポンポン、は」
「お前ロリコンやったんやな。そりゃどんな美人のヌード見てもシレーっとしてるわ」
「いや、ちゃうやろ」
「悪かったな、今まで気付いてやれんで」
「俺の話を聞け!」
思わず声を荒げた晴に、はははーと陽気に笑った恵介が両手を挙げた。
「冗談やん、せーと」
「せーと言うな」
気に障る昔の呼び名に、余計に声のボリュームが大きくなった。
晴の本名は「三木 晴人(みき はると)」と言う。
それをこの友人は「せいと」と読み間違えた。高校へ入学して知り合ったその日に、あろうことか大声で。
それ以降、上京するまでに出来た友達が呼ぶ名は例外無く「せーと」で。
上京してからは自ら「ハル」と名乗るようにし、恵介にも本名は堅く口止めた。よって、仕事関係の人間を始め、上京してからこっち付き合って来た女の中にも、晴人の本名を知る人物は少ない。
「まぁそう怒るなってー」
「お前やで?怒らせたんは」
「ごめんってー」
言葉の上では謝っているものの、それが本心ではないことを晴人は知っている。その証拠に、挙げた両手を顔の両横で振り始めた恵介の顔は、ニヤニヤと笑っていて。
それに腹を立てても仕方がないことは、十数年の付き合いで十二分に心得ている。
けれど、今の晴人は虫の居所が悪いのだ。
「お前はいっつもそうやってなぁ!」
「あ、起きた?おはよう、マイエンジェル」
叱り付けようと力強く拳を握り締めたその姿を、叱られる側になるはずだった恵介は既に視界に入れていない。それどころか完全に晴人に背を向け、目を擦りながらベッドルームから出てきた千彩を、両手を広げて待ち構える始末だ。
「ちょっとでええから俺の話を聞けよ、お前は」
晴人がそうぼやいて肩を落とすのも無理はない。
そんな晴人に、寝ぼけ眼の千彩が手を伸ばした。どうやら、目の前で両手を広げる人物が目的の人物でないことはわかったらしい。
「んー。はるぅ」
「おおっ!可愛い!」
「ロリコンはお前ちゃうんか。おいで、ちぃ」
ペタペタと音をさせて晴人に歩み寄る千彩を目で追いながら、出来上がったコーヒーを勝手にカップへと注ぎ、L字型のソファへと腰掛ける恵介。変わらぬ柔らかな座り心地に、うんうんと黙って頷いた。
「はるー」
「はいはい。煩くしてごめんな」
「何で怒ってるん?誰に怒ってるん?」
コーヒーを注ぐ晴人の背にピタリと密着し、腕を前に回して逃がさない状態を作った甘えん坊が尋ねる。
その様子を横目で見遣り、恵介は再び「マイエンジェル!」と悶えた。
「お名前はー?」
「ちさ、です」
「だからちーちゃんか。おにーさんはけーちゃんって呼んでなー」
「けーちゃん?」
「そうそう!ちーちゃんは何歳ですかー?お家はー?」
「17や言うたやろ。恵介、取り敢えず落ち着け」
そのやり取りを聞きながら、いよいよ恵介の行く末が心配になってきたのも事実。落ち着けと制し、背中にへばり付いたままの千彩をカウンターチェアに座るように促す。
「ジュース入れたろ。泣いたから喉乾いたやろ?」
「うん」
グラスを渡されて飲みかけたものの、どうにも背後から自分を見つめる恵介が気になるようで。チラチラと振り返りながら、千彩はゆっくりと朝食時にも出された透明度の高いアップルジュースを飲み干した。
「おかわり?」
「んーん。ねぇ、はる」
「ん?」
「いつからけーちゃんはここにおるの?元々おったの?どこにおったの?」
幾つか疑問を連ねる千彩の表情に、全く悪意の色はなくて。不思議そうに首を傾げながら空いたグラスを運んで来た千彩の頭を撫で、恵介に対するよりも数段優しい声音で答えてやる。
「けーちゃん…はなぁ、俺の友達なんや」
「友達?」
「そう。俺の仕事カメラマンって言ったやろ?こいつの仕事はスタイリスト」
「すたい?」
「モデルさんの服選んだりする仕事」
「服屋さん?」
「服…まぁ、売ってはないけどな」
そこまで説明して、漸く本題に入る。
長かった…と、恵介が到着してからの数分を思い返し、晴人は大きく息を吐いた。
聞いているのかいないのか、恵介の姿はベッドルームに吸い込まれるかのように消えて行く。それに思わずため息を零したくなるけれど、紙袋二つ分の荷を押し付けられることとなった晴は諦めてリビングの隅にそれを置き、キッチンへと足を向けた。
コーヒーメーカーが音と匂いを立て始めた頃、完全に緩みきった表情の恵介がリビングへと顔を出す。
「可愛い顔して寝てるわー。何てゆう子?あのエンジェルちゃんは」
拍子抜けするその言葉に、「さすがだ…」と言葉にならなかった声がついにため息に変わって漏れる。それをどう捉えたのか、満足げにうんうんと頷いた恵介が晴の肩を軽く叩いた。
「それは…何や。そのポンポン、は」
「お前ロリコンやったんやな。そりゃどんな美人のヌード見てもシレーっとしてるわ」
「いや、ちゃうやろ」
「悪かったな、今まで気付いてやれんで」
「俺の話を聞け!」
思わず声を荒げた晴に、はははーと陽気に笑った恵介が両手を挙げた。
「冗談やん、せーと」
「せーと言うな」
気に障る昔の呼び名に、余計に声のボリュームが大きくなった。
晴の本名は「三木 晴人(みき はると)」と言う。
それをこの友人は「せいと」と読み間違えた。高校へ入学して知り合ったその日に、あろうことか大声で。
それ以降、上京するまでに出来た友達が呼ぶ名は例外無く「せーと」で。
上京してからは自ら「ハル」と名乗るようにし、恵介にも本名は堅く口止めた。よって、仕事関係の人間を始め、上京してからこっち付き合って来た女の中にも、晴人の本名を知る人物は少ない。
「まぁそう怒るなってー」
「お前やで?怒らせたんは」
「ごめんってー」
言葉の上では謝っているものの、それが本心ではないことを晴人は知っている。その証拠に、挙げた両手を顔の両横で振り始めた恵介の顔は、ニヤニヤと笑っていて。
それに腹を立てても仕方がないことは、十数年の付き合いで十二分に心得ている。
けれど、今の晴人は虫の居所が悪いのだ。
「お前はいっつもそうやってなぁ!」
「あ、起きた?おはよう、マイエンジェル」
叱り付けようと力強く拳を握り締めたその姿を、叱られる側になるはずだった恵介は既に視界に入れていない。それどころか完全に晴人に背を向け、目を擦りながらベッドルームから出てきた千彩を、両手を広げて待ち構える始末だ。
「ちょっとでええから俺の話を聞けよ、お前は」
晴人がそうぼやいて肩を落とすのも無理はない。
そんな晴人に、寝ぼけ眼の千彩が手を伸ばした。どうやら、目の前で両手を広げる人物が目的の人物でないことはわかったらしい。
「んー。はるぅ」
「おおっ!可愛い!」
「ロリコンはお前ちゃうんか。おいで、ちぃ」
ペタペタと音をさせて晴人に歩み寄る千彩を目で追いながら、出来上がったコーヒーを勝手にカップへと注ぎ、L字型のソファへと腰掛ける恵介。変わらぬ柔らかな座り心地に、うんうんと黙って頷いた。
「はるー」
「はいはい。煩くしてごめんな」
「何で怒ってるん?誰に怒ってるん?」
コーヒーを注ぐ晴人の背にピタリと密着し、腕を前に回して逃がさない状態を作った甘えん坊が尋ねる。
その様子を横目で見遣り、恵介は再び「マイエンジェル!」と悶えた。
「お名前はー?」
「ちさ、です」
「だからちーちゃんか。おにーさんはけーちゃんって呼んでなー」
「けーちゃん?」
「そうそう!ちーちゃんは何歳ですかー?お家はー?」
「17や言うたやろ。恵介、取り敢えず落ち着け」
そのやり取りを聞きながら、いよいよ恵介の行く末が心配になってきたのも事実。落ち着けと制し、背中にへばり付いたままの千彩をカウンターチェアに座るように促す。
「ジュース入れたろ。泣いたから喉乾いたやろ?」
「うん」
グラスを渡されて飲みかけたものの、どうにも背後から自分を見つめる恵介が気になるようで。チラチラと振り返りながら、千彩はゆっくりと朝食時にも出された透明度の高いアップルジュースを飲み干した。
「おかわり?」
「んーん。ねぇ、はる」
「ん?」
「いつからけーちゃんはここにおるの?元々おったの?どこにおったの?」
幾つか疑問を連ねる千彩の表情に、全く悪意の色はなくて。不思議そうに首を傾げながら空いたグラスを運んで来た千彩の頭を撫で、恵介に対するよりも数段優しい声音で答えてやる。
「けーちゃん…はなぁ、俺の友達なんや」
「友達?」
「そう。俺の仕事カメラマンって言ったやろ?こいつの仕事はスタイリスト」
「すたい?」
「モデルさんの服選んだりする仕事」
「服屋さん?」
「服…まぁ、売ってはないけどな」
そこまで説明して、漸く本題に入る。
長かった…と、恵介が到着してからの数分を思い返し、晴人は大きく息を吐いた。