Secret Lover's Night 【完全版】
甘えて絡み付こうとする千彩をそっと制し、ソファで寛ぐ恵介をゴホンと咳払い一つで呼び寄せる晴人。
それに上手く反応し、ここへ呼ばれた本来の目的を果たそうと二つの紙袋を両手に掲げた恵介。
そして、甘えを阻止されて不満げな千彩。
「ちーちゃん、着替えよか?俺いっぱい服持って来てん」
「なんで?」
「何で?ってお前、さすがにそれじゃ出掛けられんやろ?」
「どっか行くの?スーパー?プリン買っていい?」
「いや、スーパーも行くけども」
「あららー。晴人のそんな困った顔久しぶりに見たで」
茶化す恵介を一瞥し、カウンターチェアに腰かけてぷらぷらと足を遊ばせている千彩に、晴人はため息混じりで問う。
「行かへんの?」
「はるどっか行くの?」
「ちぃの服やら靴やら買いに行くんやけど?」
「ちさはお留守番?」
「何でそうなるねん」
噛み合わない会話に、晴人はがっくりとカウンターに両手をついた。
それに不思議そうに首を傾げたものの、そうさせた張本人は我関せずといった様子で。ちょんとカウンターチェアから飛び降り、ソファに次々と服を広げ始めた恵介の肩をちょんちょんと小突いた。
「けーちゃん、けーちゃん」
「どしたー?ちーちゃん」
「あのね、ちさ、お洋服よりパンツ欲しい」
その言葉に、男二人がギョッと目を剥く。恐る恐る尋ねたのは、知り合ってまだ時が浅い恵介だった。
「ちーちゃん、その下何着てんの?」
「これ?なんにも着てないよ?ほらっ」
ペロリとTシャツの裾を捲ると、白い肌が丸見えで。しかも、鳩尾辺りまで勢い良く捲り上げたものだから、正面に立っていた恵介には「何も着けていない」ことがありありとわかってしまう。
「あらー。丸見えやで、ちーちゃん」
「あれ?あははー」
「こらこら、またお前はそんなことして」
背後から伸びて来た晴人の腕に驚いた千彩が、キャッと短く声を上げてしゃがみ込んだ。低くなったその頭をぐしゃぐしゃと撫で回し、ついでとばかりに恵介に一発くれてやる。
「痛っ!」
「ロリコンか、お前は」
「それは晴人やろ?」
「だからちゃう言うてるやろが」
「ねー、パンツー」
ムキになっていがみ合う男二人と、その二人のズボンの裾をしゃがみ込んだまま引っ張る千彩。
こんなにも賑やかな時間は、晴人自身も久しぶりに過ごす。
「けーちゃん、お姫様がパンツやと」
「はいはい。こっちにあるで。服はどれがいい?」
「何でもいい」
「遠慮せんと。さ、さ」
選びたい放題とは正にこのことだろう。L字型のソファに並べられた、服、服、服。その全てが、もう既に恵介の手によってコーディネートされていて。
さすがトップスタイリストと呼ばれるだけある。と、小さく感嘆の息を漏らせば、それに気付いた恵介がこれでもか!と上体を反らせて胸を張っていた。
「はぁ…」
「何やそのため息!褒めろって、俺を!」
「わかった、わかった。ケーチャンスゴイネー」
「うわっ!めっちゃムカつく!」
学生時代からの友人というものは、いくつになってもこんな調子でじゃれ合える。特に、男同士の場合は。
けれど、全ての人間がそれを理解出来るわけではないのだ。
「何でケンカしてるの?ちさのせい?ごめんなさい…」
いがみ合う二人の間で、二人の顔を見比べながら狼狽える千彩。その様子に、動きが止まってしまう男二人。暫しの沈黙の後、恵介が叫んだ。
「マイエンジェール!」
「わっ」
「こらっ!やめんか恵介!」
何の遠慮も無く緩みきった表情を晒し、不安げに見上げる千彩を力一杯抱き締める。そして、服を好き放題に広げていたソファへそのまま一緒に沈み込んだ。
腕の中の千彩は、嬉しそうにきゃーきゃーとはしゃいでいる。それを見下ろしている晴人の表情も、自然と緩むと言うもので。再び賑やかな時間が動き出した。