Secret Lover's Night 【完全版】
休日の表参道は、さすがにどこも人で溢れている。
小さな子供を連れた家族やカップル、はしゃぐ女の子同士。見渡す限り人、ひと、ヒト。
高さのあるヒールに歩き難そうにする千彩を庇って肩を抱くも、ごった返す人の波はどうにも避けられなかった。
「恵介、どっか入ろうや」
「えー?」
「ちぃがしんどそうや。てか、俺が無理」
少し先を歩く恵介を呼び寄せ、手近なカフェに入ろうと提案する。それならば!と、恵介が薦めたのは、プリフィクススタイルのオープンカフェだった。少し思案し、やめよう、と首を横に振る。
「なんでー?オシャレでええ店やん」
「俺も撮影で行ったことあるからな、ええ店なんは知ってる」
「だったら…」
不満げな恵介の言葉を止め、キョロキョロと辺りを見渡す千彩の頭をポンッと撫でる。
「ちぃ、そこのカフェ入ろか?」
「ん?ちさどこでもいいよ?」
「美味しいパスタがあるんやで。スイーツも」
「すいーつ?プリンある?」
「プリンは…あったかなぁ。美味しいケーキはあった」
「行く!」
嬉しそうに目を輝かせる千彩の背を押し、ついでに腕組みをしてふて腐れている恵介の尻を叩く。
「そんな顔すんな」
「だってー」
「わからんか?こいつにプリフィクススタイルは無理や」
朝の服選びの段階で、晴人は薄々感じ取っていた。千彩が「選ぶ」ということを極端に苦手としているのではないか、と。
そんな千彩を「自ら選ばなければならない」プリフィクススタイルの店へ連れて行けば、悩む以前に「どれでもいい」と言うのは必至。
結果千彩にとってよくわからない料理を自分たちが選んで食べさせることになるならば、端から誰でも知っている料理のある店へ行くのが良い。と、そう小声で告げてやる。
「なるほどなー」
「さすが俺」
「いやー、お見それしました。さすがモテ男」
「モテ男?なにそれ」
「モテモテの晴人さんには敵いませんわーってことや」
不思議そうに首を傾げる千彩に、はははーと陽気に笑った恵介が「なー?」と同意を求める。
一発入れてやろうかと拳を握るも、不安げにしがみ付いてきた千彩の姿を思い出し、その場は無視を決め込み店に入ることにした。いちいち相手をしていては、時間がいくらあっても足りない。
「はるー、これプリン?」
「んー?プリンやで。でも、ちゃんとご飯食べてからな?」
「えー。そんなに食べれない…」
「食べれる、食べれる」
メニューを広げてまず千彩が目を輝かせたのは、写真付きのスイーツメニューだった。
写真の横には、「自家製pudding」の文字がある。読めたかどうかは定かではないけれど、プリンと聞いて千彩の表情に一層輝きが増した。
「ちーちゃんプリン好きなん?」
「うん。好き」
「ほんなら帰ったら晴人に作ってもろたええやん。外で食べるより美味いと思うでー?」
「はるプリン作れるの?」
期待に満ちた瞳で見上げられ、思わず晴人の頬が緩む。それを隠すように、痛くない程度に千彩の頬を摘んでプニプニと上下させると、甘えた千彩が空いた左腕に絡み付いた。
その様子を向かいから羨ましそうに眺めながら、恵介は更に言葉を続ける。
「よし!帰ったらけーちゃんが作ったろ!」
「けーちゃんも作れるの?」
「牛乳とプリンの素混ぜるだけやからなー」
「おい!間違ったこと教えんな」
料理好きの晴人としては、恵介の「牛乳とプリンの素と混ぜる」発言を捨て置くわけにはいかない。
凄い!と目を輝かせている千彩の頭を撫で、そこだけはきちんと訂正してもう一度メニューを持たせた。
「ちゃんとご飯食べたらな?」
「食べなかったら?」
「プリン無し」
「えー!」
大袈裟に驚く千彩に、恵介から笑い声が漏れた。
「ちーちゃん可愛いなぁ。さすがマイエンジェル」
「お前なぁ、TPOを考えろよ。ここは外やぞ?表参道」
「お前こそ…」
一度絡み付いた千彩は、やはりそう簡単には離れてはくれなくて。恵介を窘めはしたものの、ソファに座った晴人と千彩の間に距離は無い。
離れるものか!と言わんばかりに絡める千彩の腕を無理矢理に離すわけにもいかず、晴人は少し困ったように思案顔をした。
「まぁ…ええか」
「出たー。さすが俺様男」
「ええんや、ええんや。ちぃは俺らに可愛がられるのが仕事や」
そっと頭を撫で、メニューを見ながら頭を悩ませる千彩からメニューを取り上げると、向かいで頬杖を付きながら惚けた表情をしている恵介の前へと差し出す。
「ちーちゃん決めたん?」
「ちぃはオムライスや。俺のパスタと半分ずつにしよな?」
「うん!」
「結局お前が決めるんかい」
呆れた顔をする恵介とは逆に、嬉しそうに笑う千彩の表情には、計算や媚びなどの不快な色は一切無い。
どこまでも透明に近い、感情をそのまま出しただろうその笑顔に、もう一度頭を撫でて安堵の息を吐く。
「 Tu es mon ange 」
聞き慣れない言語に首を傾げる二人を笑顔でかわし、晴人は手を挙げて店員を呼び寄せた。
君は僕の天使
思わず口を突いて出た言葉の意味は、まだ千彩には秘密だ。
小さな子供を連れた家族やカップル、はしゃぐ女の子同士。見渡す限り人、ひと、ヒト。
高さのあるヒールに歩き難そうにする千彩を庇って肩を抱くも、ごった返す人の波はどうにも避けられなかった。
「恵介、どっか入ろうや」
「えー?」
「ちぃがしんどそうや。てか、俺が無理」
少し先を歩く恵介を呼び寄せ、手近なカフェに入ろうと提案する。それならば!と、恵介が薦めたのは、プリフィクススタイルのオープンカフェだった。少し思案し、やめよう、と首を横に振る。
「なんでー?オシャレでええ店やん」
「俺も撮影で行ったことあるからな、ええ店なんは知ってる」
「だったら…」
不満げな恵介の言葉を止め、キョロキョロと辺りを見渡す千彩の頭をポンッと撫でる。
「ちぃ、そこのカフェ入ろか?」
「ん?ちさどこでもいいよ?」
「美味しいパスタがあるんやで。スイーツも」
「すいーつ?プリンある?」
「プリンは…あったかなぁ。美味しいケーキはあった」
「行く!」
嬉しそうに目を輝かせる千彩の背を押し、ついでに腕組みをしてふて腐れている恵介の尻を叩く。
「そんな顔すんな」
「だってー」
「わからんか?こいつにプリフィクススタイルは無理や」
朝の服選びの段階で、晴人は薄々感じ取っていた。千彩が「選ぶ」ということを極端に苦手としているのではないか、と。
そんな千彩を「自ら選ばなければならない」プリフィクススタイルの店へ連れて行けば、悩む以前に「どれでもいい」と言うのは必至。
結果千彩にとってよくわからない料理を自分たちが選んで食べさせることになるならば、端から誰でも知っている料理のある店へ行くのが良い。と、そう小声で告げてやる。
「なるほどなー」
「さすが俺」
「いやー、お見それしました。さすがモテ男」
「モテ男?なにそれ」
「モテモテの晴人さんには敵いませんわーってことや」
不思議そうに首を傾げる千彩に、はははーと陽気に笑った恵介が「なー?」と同意を求める。
一発入れてやろうかと拳を握るも、不安げにしがみ付いてきた千彩の姿を思い出し、その場は無視を決め込み店に入ることにした。いちいち相手をしていては、時間がいくらあっても足りない。
「はるー、これプリン?」
「んー?プリンやで。でも、ちゃんとご飯食べてからな?」
「えー。そんなに食べれない…」
「食べれる、食べれる」
メニューを広げてまず千彩が目を輝かせたのは、写真付きのスイーツメニューだった。
写真の横には、「自家製pudding」の文字がある。読めたかどうかは定かではないけれど、プリンと聞いて千彩の表情に一層輝きが増した。
「ちーちゃんプリン好きなん?」
「うん。好き」
「ほんなら帰ったら晴人に作ってもろたええやん。外で食べるより美味いと思うでー?」
「はるプリン作れるの?」
期待に満ちた瞳で見上げられ、思わず晴人の頬が緩む。それを隠すように、痛くない程度に千彩の頬を摘んでプニプニと上下させると、甘えた千彩が空いた左腕に絡み付いた。
その様子を向かいから羨ましそうに眺めながら、恵介は更に言葉を続ける。
「よし!帰ったらけーちゃんが作ったろ!」
「けーちゃんも作れるの?」
「牛乳とプリンの素混ぜるだけやからなー」
「おい!間違ったこと教えんな」
料理好きの晴人としては、恵介の「牛乳とプリンの素と混ぜる」発言を捨て置くわけにはいかない。
凄い!と目を輝かせている千彩の頭を撫で、そこだけはきちんと訂正してもう一度メニューを持たせた。
「ちゃんとご飯食べたらな?」
「食べなかったら?」
「プリン無し」
「えー!」
大袈裟に驚く千彩に、恵介から笑い声が漏れた。
「ちーちゃん可愛いなぁ。さすがマイエンジェル」
「お前なぁ、TPOを考えろよ。ここは外やぞ?表参道」
「お前こそ…」
一度絡み付いた千彩は、やはりそう簡単には離れてはくれなくて。恵介を窘めはしたものの、ソファに座った晴人と千彩の間に距離は無い。
離れるものか!と言わんばかりに絡める千彩の腕を無理矢理に離すわけにもいかず、晴人は少し困ったように思案顔をした。
「まぁ…ええか」
「出たー。さすが俺様男」
「ええんや、ええんや。ちぃは俺らに可愛がられるのが仕事や」
そっと頭を撫で、メニューを見ながら頭を悩ませる千彩からメニューを取り上げると、向かいで頬杖を付きながら惚けた表情をしている恵介の前へと差し出す。
「ちーちゃん決めたん?」
「ちぃはオムライスや。俺のパスタと半分ずつにしよな?」
「うん!」
「結局お前が決めるんかい」
呆れた顔をする恵介とは逆に、嬉しそうに笑う千彩の表情には、計算や媚びなどの不快な色は一切無い。
どこまでも透明に近い、感情をそのまま出しただろうその笑顔に、もう一度頭を撫でて安堵の息を吐く。
「 Tu es mon ange 」
聞き慣れない言語に首を傾げる二人を笑顔でかわし、晴人は手を挙げて店員を呼び寄せた。
君は僕の天使
思わず口を突いて出た言葉の意味は、まだ千彩には秘密だ。