Secret Lover's Night 【完全版】
顔を洗って戻って来た千彩をカウンターチェアに座らせ、出来上がったばかりの朝食を出してやる。
グラスにジュースを注ぎ、カップにはコーヒーを。千彩の前にグラスを置き、晴人は散らかったままのリビングへと移動した。
「ちぃ、遊ばんと食べや?」
「はぁい」
見兼ねて注意したものの、シュンと肩を落としてしまった千彩の後ろ姿を見ると、可哀想だったかな…と思ってしまう。
「晴人は怒りんぼうやな。なー?ちーちゃん」
「ええからお前はさっさと行け!」
「おーこわー」
はいはーい。と晴人に手を軽く振りながら、恵介が目を細めてにっこりと千彩に笑いかける。
元々細い目が一段と細まり、線が二本、緩やかなカーブを描くその笑顔が晴人は好きだった。
「ほな、ちーちゃんまたな?」
「けーちゃんどこ行くの?」
「ん?お仕事ー。今日は晴人も仕事やろうし、ちーちゃんはお留守番やな」
恵介のその言葉に、慌てて千彩がソファで寛ぐ晴人を振り返る。バッと音でも立ちそうなくらい勢い良く振り返ったものだから、上体がぐらりと揺らいであわや椅子から落ちそうになっていた。
「わっ。何してんの!危ない!」
慌てて駆け寄って来た晴人の腰に巻き付き、千彩は黙ったままスリスリと擦り寄った。
「あれ?俺いらんこと言うた?」
「ええから行け。ちゃんと頭下げるんやぞ!」
「わかってますよーっと」
後ろ手に手を振る恵介を見送りながら、晴人は思う。さて、この甘えん坊をどうしたものか…と。
「ちぃ?」
「・・・」
「あっち片付けるから放してくれる?」
「イヤ!」
「嫌ってかー」
更に腕の力を強くした千彩を無理やりに引きはがすわけにもいかず、よしよしと頭を撫でてチラリと時計を見遣った。あまりのんびりしている時間は無い。
「ちぃ、片付けて準備せんとあかんから。な?」
「イヤー!」
子供か…と、思わず出かかった言葉を飲み込み長い髪を梳く。サラサラと流れる髪で遊びながら、仕方ない…と一度小さく頷き、再びポンポンと千彩の頭を撫でた。
「一緒に行くか?」
「…いいの?」
「一人やしな。一緒に行こ。着替えておいで」
「うん!」
満面の笑みを見せた千彩が、「ごちそうさまでした!」と手を合わせて食器を片付けようとする。それをそっと制し、漸く自由になった体で晴人は手早く片付けを始めた。
カウンターに並べられた食器に、リビングのあれこれ。ものの10分足らずで片付いてしまうのだから、手慣れたものだと自分でも感心してしまう。
「はるー、着替えた」
「おぉ。パジャマは?」
「枕のとこ置いた」
「オッケー、オッケー。俺着替えてくるからちょっと待っててな?」
「はーい」
ベッドルームから出てきたその姿は、Tシャツにショートパンツ、シャツを引っかけただけの極々シンプルなコーディネートで。昨日散々歩き回って流行りの服を大量に購入しただけに、スタイリスト泣かせだ…とため息を吐きそうになる。
予想はしていたものの、さすがに恵介を哀れだと思わざるを得なかった。
「あれは…何とかせなあかんな」
着替えを済ませ、ジャラジャラとアクセサリーを着けながら思う。きっと千彩はそういった類のことに興味が無いのだ、と。
見た限りでは、髪も「伸ばした」と言うよりも「伸びた」と言う方がしっくりくるし、女の子には欠かせないだろう顔の手入れもしている様子は無い。
その上、あの小さな鞄の中にはメイク道具は一つも入っていなかった。
「恵介…泣くかな」
今頃上司に叱られているだろう恵介とは、恵介が衣装集めに回っていない限りはスタジオか事務で顔を合わせる。
その時のに見ることになるだろう衝撃的な表情が安易に想像出来、晴人は一人苦笑いを零してベッドルームを後にした。
「出掛けるでー」
「はーい」
カウンターチェアから飛び降りて飛び付く千彩を抱き留め、玄関へと手を引く。けれど、留守番を免れご機嫌なはずの千彩が、玄関でサンダルを見た途端しかめっ面をして立ち止まった。
「はい、足貸して」
「これイヤ。履くのも脱ぐのも面倒くさい」
「んー。ちぃにはちょっと難しいか」
「ちさ、運動靴がいい」
「運動靴って。そういやスニーカーは買わへんかったな。休憩の時にでも買いに行こか」
「うん!」
その満面の笑みで、どんなに贅沢な不満でも許してしまう。呆れた顔で恵介に甘いと言われるも致し方ない。と、千彩の頭にお揃いのキャップを被せて部屋を出た。
梅雨明けしたばかりの晴れた空が、晴人にはやけに清々しく感じた。
グラスにジュースを注ぎ、カップにはコーヒーを。千彩の前にグラスを置き、晴人は散らかったままのリビングへと移動した。
「ちぃ、遊ばんと食べや?」
「はぁい」
見兼ねて注意したものの、シュンと肩を落としてしまった千彩の後ろ姿を見ると、可哀想だったかな…と思ってしまう。
「晴人は怒りんぼうやな。なー?ちーちゃん」
「ええからお前はさっさと行け!」
「おーこわー」
はいはーい。と晴人に手を軽く振りながら、恵介が目を細めてにっこりと千彩に笑いかける。
元々細い目が一段と細まり、線が二本、緩やかなカーブを描くその笑顔が晴人は好きだった。
「ほな、ちーちゃんまたな?」
「けーちゃんどこ行くの?」
「ん?お仕事ー。今日は晴人も仕事やろうし、ちーちゃんはお留守番やな」
恵介のその言葉に、慌てて千彩がソファで寛ぐ晴人を振り返る。バッと音でも立ちそうなくらい勢い良く振り返ったものだから、上体がぐらりと揺らいであわや椅子から落ちそうになっていた。
「わっ。何してんの!危ない!」
慌てて駆け寄って来た晴人の腰に巻き付き、千彩は黙ったままスリスリと擦り寄った。
「あれ?俺いらんこと言うた?」
「ええから行け。ちゃんと頭下げるんやぞ!」
「わかってますよーっと」
後ろ手に手を振る恵介を見送りながら、晴人は思う。さて、この甘えん坊をどうしたものか…と。
「ちぃ?」
「・・・」
「あっち片付けるから放してくれる?」
「イヤ!」
「嫌ってかー」
更に腕の力を強くした千彩を無理やりに引きはがすわけにもいかず、よしよしと頭を撫でてチラリと時計を見遣った。あまりのんびりしている時間は無い。
「ちぃ、片付けて準備せんとあかんから。な?」
「イヤー!」
子供か…と、思わず出かかった言葉を飲み込み長い髪を梳く。サラサラと流れる髪で遊びながら、仕方ない…と一度小さく頷き、再びポンポンと千彩の頭を撫でた。
「一緒に行くか?」
「…いいの?」
「一人やしな。一緒に行こ。着替えておいで」
「うん!」
満面の笑みを見せた千彩が、「ごちそうさまでした!」と手を合わせて食器を片付けようとする。それをそっと制し、漸く自由になった体で晴人は手早く片付けを始めた。
カウンターに並べられた食器に、リビングのあれこれ。ものの10分足らずで片付いてしまうのだから、手慣れたものだと自分でも感心してしまう。
「はるー、着替えた」
「おぉ。パジャマは?」
「枕のとこ置いた」
「オッケー、オッケー。俺着替えてくるからちょっと待っててな?」
「はーい」
ベッドルームから出てきたその姿は、Tシャツにショートパンツ、シャツを引っかけただけの極々シンプルなコーディネートで。昨日散々歩き回って流行りの服を大量に購入しただけに、スタイリスト泣かせだ…とため息を吐きそうになる。
予想はしていたものの、さすがに恵介を哀れだと思わざるを得なかった。
「あれは…何とかせなあかんな」
着替えを済ませ、ジャラジャラとアクセサリーを着けながら思う。きっと千彩はそういった類のことに興味が無いのだ、と。
見た限りでは、髪も「伸ばした」と言うよりも「伸びた」と言う方がしっくりくるし、女の子には欠かせないだろう顔の手入れもしている様子は無い。
その上、あの小さな鞄の中にはメイク道具は一つも入っていなかった。
「恵介…泣くかな」
今頃上司に叱られているだろう恵介とは、恵介が衣装集めに回っていない限りはスタジオか事務で顔を合わせる。
その時のに見ることになるだろう衝撃的な表情が安易に想像出来、晴人は一人苦笑いを零してベッドルームを後にした。
「出掛けるでー」
「はーい」
カウンターチェアから飛び降りて飛び付く千彩を抱き留め、玄関へと手を引く。けれど、留守番を免れご機嫌なはずの千彩が、玄関でサンダルを見た途端しかめっ面をして立ち止まった。
「はい、足貸して」
「これイヤ。履くのも脱ぐのも面倒くさい」
「んー。ちぃにはちょっと難しいか」
「ちさ、運動靴がいい」
「運動靴って。そういやスニーカーは買わへんかったな。休憩の時にでも買いに行こか」
「うん!」
その満面の笑みで、どんなに贅沢な不満でも許してしまう。呆れた顔で恵介に甘いと言われるも致し方ない。と、千彩の頭にお揃いのキャップを被せて部屋を出た。
梅雨明けしたばかりの晴れた空が、晴人にはやけに清々しく感じた。