Secret Lover's Night 【完全版】
<少女の始まり>
雨は空の涙なんやで。
梅雨の季節が来る度にそう言っていたママ。
狭い部屋の小さなソファの上に座って窓の外を見つめると、今日も空は泣いていた。
「ママ…元気かな…」
数年前遠い世界へ行ってしまったママとは、お別れもきちんと言えないまま離れ離れになってしまった。
もう二度と会えないのだ。そう知ったのは、随分と月日が経ってからだった。
「おにーさま…早く来ないかな…」
ええ子にしとくんやぞ。と言って出て行った唯一の身内とは、それきり何週間も会えていない。
捨てられたのだ。周りに居る人達はそう口々に言っていたけれど、私は信じていた。
そう。ここでいい子にしていたら、いつか必ず迎えに来てくれるのだ、と。
「サナちゃん、もうちょっと待っててね」
「はぁい」
ここへ連れて来られて、新しい名前を与えられた。
それにどんな意味があるのか私にはわからないけれど、私は「サナ」と呼ばれる商品になったということだけは教えてもらえた。
あとは、綺麗なドレスを着て、お化粧をされて、髪をセットされてここに座っているだけ。
何も喋らず、ただただお人形のようにじっとしていればいいだけ。
それだけで、店長と呼ばれる人が毎日お小遣いをくれる。
それも随分と貯まったので、そろそろあの部屋の電気代くらい払えるかもしれない。払えるならば、それを渡して電気が点くようにしてもらおう。そう思って窓から扉へと視線を移した時だった。
「あれ?開いてる…?」
少しだけ開いたそこに近付き手を掛けると、いつもならば押しても引いても決して開かない扉が簡単に開いた。
これは…チャンスかもしれない。そう思い、そっと顔を覗かせる。
まだここへ来る前、大きな人や怖い人がたくさんいる家から逃げ出すのが得意だった。
そっと顔を出しても誰かが居る気配はない。絶好のチャンスだ。
「いってきまーす」
小さな声でそう言って、音が立たないようにそっと扉を閉める。
そろり、そろりと冷たい床の上を歩いて重い非常口をゆっくりと開けると、雨に冷やされた冷たい階段を駆けた。
「サナちゃん!」
ただ少し自由が欲しいだけ。外へ出て、毎日泣いている空に知ってほしかっただけ。
私はここに居る。
独りぼっちじゃない。誰かにそう言ってほしかっただけ。
「サナちゃん!サナちゃん!!」
違う。それは私の名前じゃない。
そう心の中で否定しながら、一気に暗い階段を駆け下りる。小さくなってじっと隠れていると、次第に声と足音が遠くなっていった。
「サナちゃん。探されてるんちゃう?」
不意に掛けられた声に、ビクリと体が跳ねる。
聞いたことのない声、聞き慣れた関西弁。
ゆっくりと顔を上げると、大きな傘を差した誰かが私を見下ろしながら笑っていた。
伸ばされた手を取ったのは、そこに自由がある気がしたから。
大きくて温かい手が、独りぼっちじゃないと言ってくれた気がしたから。
雨は空の涙なんやで。
梅雨の季節が来る度にそう言っていたママ。
狭い部屋の小さなソファの上に座って窓の外を見つめると、今日も空は泣いていた。
「ママ…元気かな…」
数年前遠い世界へ行ってしまったママとは、お別れもきちんと言えないまま離れ離れになってしまった。
もう二度と会えないのだ。そう知ったのは、随分と月日が経ってからだった。
「おにーさま…早く来ないかな…」
ええ子にしとくんやぞ。と言って出て行った唯一の身内とは、それきり何週間も会えていない。
捨てられたのだ。周りに居る人達はそう口々に言っていたけれど、私は信じていた。
そう。ここでいい子にしていたら、いつか必ず迎えに来てくれるのだ、と。
「サナちゃん、もうちょっと待っててね」
「はぁい」
ここへ連れて来られて、新しい名前を与えられた。
それにどんな意味があるのか私にはわからないけれど、私は「サナ」と呼ばれる商品になったということだけは教えてもらえた。
あとは、綺麗なドレスを着て、お化粧をされて、髪をセットされてここに座っているだけ。
何も喋らず、ただただお人形のようにじっとしていればいいだけ。
それだけで、店長と呼ばれる人が毎日お小遣いをくれる。
それも随分と貯まったので、そろそろあの部屋の電気代くらい払えるかもしれない。払えるならば、それを渡して電気が点くようにしてもらおう。そう思って窓から扉へと視線を移した時だった。
「あれ?開いてる…?」
少しだけ開いたそこに近付き手を掛けると、いつもならば押しても引いても決して開かない扉が簡単に開いた。
これは…チャンスかもしれない。そう思い、そっと顔を覗かせる。
まだここへ来る前、大きな人や怖い人がたくさんいる家から逃げ出すのが得意だった。
そっと顔を出しても誰かが居る気配はない。絶好のチャンスだ。
「いってきまーす」
小さな声でそう言って、音が立たないようにそっと扉を閉める。
そろり、そろりと冷たい床の上を歩いて重い非常口をゆっくりと開けると、雨に冷やされた冷たい階段を駆けた。
「サナちゃん!」
ただ少し自由が欲しいだけ。外へ出て、毎日泣いている空に知ってほしかっただけ。
私はここに居る。
独りぼっちじゃない。誰かにそう言ってほしかっただけ。
「サナちゃん!サナちゃん!!」
違う。それは私の名前じゃない。
そう心の中で否定しながら、一気に暗い階段を駆け下りる。小さくなってじっと隠れていると、次第に声と足音が遠くなっていった。
「サナちゃん。探されてるんちゃう?」
不意に掛けられた声に、ビクリと体が跳ねる。
聞いたことのない声、聞き慣れた関西弁。
ゆっくりと顔を上げると、大きな傘を差した誰かが私を見下ろしながら笑っていた。
伸ばされた手を取ったのは、そこに自由がある気がしたから。
大きくて温かい手が、独りぼっちじゃないと言ってくれた気がしたから。