Secret Lover's Night 【完全版】
頑張ったご褒美だ。と千彩の手を引き、晴人は事務所近くのカフェへと連れ出した。
「どれにする?」
「ちさプリン!」
元気良く答える千彩に、ウォーターグラスを運んで来た店員も苦笑いだ。
「せやから、プリンはご飯の後や言うてんのに」
「お腹空いてないもん」
「まぁたそんなこと言うて」
出せばペロリと平らげるくせにこの調子。プリンが好きなことは知っているけれど、その他に何を好んで食べるのか、晴人は全く見当が付かなかった。
「何がええかな。朝何食べたっけ?」
「ぐちゃぐちゃたまごとパン」
「ぐちゃぐちゃ?あぁ、スクランブルエッグか。てか、あれオムレツやん」
確かに、スクランブルエッグは「ぐちゃぐちゃ」だけれど。自分が作ったのはチーズ入りのオムレツで、スクランブルエッグではない。
「あれはオムレツや。スクランブルエッグなんかどこで食べてん」
「すくら…?ぐちゃぐちゃたまごやん」
「まぁ、それはそうやねんけどな」
メニューを見ながら、「無駄か…」と晴人は苦笑いをする。
意外と頑固な千彩は、一度言い出したら聞かない。それで自分に通じないことはないからまあ良い。と、デザートページばかりをうきうきと眺めている千彩のメニューを奪い取り、ページを戻して再び持たせた。
「パスタにしよか」
「うん。ちさ何でもいい」
「ミートソースとクリームソース、どっちがええ?」
「どっちでもいい」
だと思った。と、ふっと晴人は噴き出す。それを見て、何だかわからないなりに千彩も嬉しそうに笑った。
「ほなこれな」
「うん!」
元気良く答える千彩に、晴人は思わず頬が緩む。それを誤魔化すように店員を呼び、千彩用にホウレン草とサーモンのクリームパスタと、自分用にナスのミートソースパスタを一つずつ注文した。
「ちぃは何が好きなん?」
「はる!」
そうやなくて…と、何の躊躇いも無く答える千彩の頭を手を伸ばしてポンポンと撫で、畳んだばかりのメニューを指す。
「食べ物の話や、食べ物」
「プリン!」
「それはデザートやろ。デザートやないのは?」
「ちさ何でも食べれるよ」
「一番好きなんは?」
「んーたまご!」
やっぱりか。と、予想通りの答えに晴人は小さく頷く。
おそらく、卵が特別好きなわけではない。ただ単に思い付いた食材が卵だっただけなのだ。今朝卵を食べて、今スクランブルエッグの話をしたから。
一緒にいる時間はほんの三日ほどだけれど、察しの良い晴人は直ぐに気付いた。
選択肢を与えられて選ぶこと。
自ら何かをすること。
大人、もしくは人間。
そして口論。
これらを千彩は苦手としている。
気付いたけれど、その理由まではわからない。それは本人の口から直接訊くしかないのだ。
「ちぃ、あのな」
「お待たせいたしました」
「え、あぁ…」
ちょうどタイミング悪く店員がパスタを運んで来て、晴人は言い掛けた言葉を呑み込む。
一瞬不思議そうに首を傾げた千彩も、目の前に並んだパスタに目を輝かせた。
「食べていい?」
「いただきますしてからな」
「いただきまーす!」
何だか子育てをしているようだ。と、フォークでパスタを掬おうとしている千彩を見て思う。
「何してんねん」
「んー上手に出来へん」
「こないすんねや」
左手にスプーンを、右手にフォークを持ち、晴人は器用にパスタを絡める。それを見ながら千彩も真似をするも、到底口に入りそうにもない大きな塊がスプーンの上で出来上がった。
「おはしー」
「箸でパスタは食べれんやろ。お前食べたことないんか?」
「あるけど、ちさのお家おはししかなかったもん」
どんな家だ。と言い掛けて、ふとあのビルを思い出す。訊ねたいけれど、嫌な過去ならば思い出させたくはない。
思い留まり、そっと手を伸ばしてフォークを受け取った。そこにパスタを絡めてやり、再びフォークを千彩の手に戻す。
「ほら」
「ありがとう」
「ちょっとずつするんや。クルクルって」
「うん」
苦戦しながらもパスタを頬張る千彩の姿は、何とも愛らしくて。確かにあったはずの刺々しい気持ちは、完全に晴人の中から取り払われていた。
やはり予想通りペロリとパスタを平らげた千彩は、待ちに待ったプリンまでも平らげご機嫌だ。
きちんと「ごちそうさま」をし、二人で席を立つ。
会計を済ませて外に出ると、先に出ていたはずの千彩の姿が無い。慌てて辺りを見回す晴人に、通りの向こう側から千彩が大きく手を振った。
「はるー!くつー!」
靴?と首を捻り、そう言えば買ってやると約束したな…と、信号が変わるのを待って通りを横断した。
「こら。勝手にどっか行ったあかんやろ」
「ん?ごめんなさい」
「どれがええんや?」
「どれでもいい」
靴と言ったわりには、千彩の目は店の中にある大きなクリーム色のくまに釘付けで。
欲しいとは口に出さないのだけれど、目がそう訴えている。
「これでええ?」
「うん」
「うん。やなくてちょっと履いてみてや」
「うん」
くまから一向に視線を外そうとしない千彩の頬をむぎゅっと抓り、晴人は「めっ!」と幼い子供のように叱りつける。
「先こっち。あれ買うたるから」
「くま?」
「おぉ。買うたる」
「ほんまに?」
「おぉ。せやからこっち履いて」
ベンチに座らせてサンダルを脱がせるものの、その間も千彩はうずうずとお目当てのぬいぐるみを振り返っていて。諦めて立ち上がると、晴人は店員に頼んでそれを取ってもらった。
「ほら」
「これ、ちさの?」
「そうそう。せやからこれ履いて」
「はーい」
大人しく足を差し出した千彩が、ギュッとぬいぐるみを抱き締めて嬉しそうに笑う。それを見上げながら、晴人は頬を緩ませた。
「もー。お前はほんまにー」
「はるっ、ありがとう!」
「おぉ」
「ありがとう!」
ぬいぐるみを抱き締めた千彩の変わりに靴の入った袋を受け取り、にこにこと笑う千彩の頭を撫でる。
「俺もうちょっと仕事せなあかんから、ええ子しててな?」
「うん!はる、ありがとう!」
余程嬉しかったのか、千彩は何度も「ありがとう!」と言って晴人を見上げた。
「どれにする?」
「ちさプリン!」
元気良く答える千彩に、ウォーターグラスを運んで来た店員も苦笑いだ。
「せやから、プリンはご飯の後や言うてんのに」
「お腹空いてないもん」
「まぁたそんなこと言うて」
出せばペロリと平らげるくせにこの調子。プリンが好きなことは知っているけれど、その他に何を好んで食べるのか、晴人は全く見当が付かなかった。
「何がええかな。朝何食べたっけ?」
「ぐちゃぐちゃたまごとパン」
「ぐちゃぐちゃ?あぁ、スクランブルエッグか。てか、あれオムレツやん」
確かに、スクランブルエッグは「ぐちゃぐちゃ」だけれど。自分が作ったのはチーズ入りのオムレツで、スクランブルエッグではない。
「あれはオムレツや。スクランブルエッグなんかどこで食べてん」
「すくら…?ぐちゃぐちゃたまごやん」
「まぁ、それはそうやねんけどな」
メニューを見ながら、「無駄か…」と晴人は苦笑いをする。
意外と頑固な千彩は、一度言い出したら聞かない。それで自分に通じないことはないからまあ良い。と、デザートページばかりをうきうきと眺めている千彩のメニューを奪い取り、ページを戻して再び持たせた。
「パスタにしよか」
「うん。ちさ何でもいい」
「ミートソースとクリームソース、どっちがええ?」
「どっちでもいい」
だと思った。と、ふっと晴人は噴き出す。それを見て、何だかわからないなりに千彩も嬉しそうに笑った。
「ほなこれな」
「うん!」
元気良く答える千彩に、晴人は思わず頬が緩む。それを誤魔化すように店員を呼び、千彩用にホウレン草とサーモンのクリームパスタと、自分用にナスのミートソースパスタを一つずつ注文した。
「ちぃは何が好きなん?」
「はる!」
そうやなくて…と、何の躊躇いも無く答える千彩の頭を手を伸ばしてポンポンと撫で、畳んだばかりのメニューを指す。
「食べ物の話や、食べ物」
「プリン!」
「それはデザートやろ。デザートやないのは?」
「ちさ何でも食べれるよ」
「一番好きなんは?」
「んーたまご!」
やっぱりか。と、予想通りの答えに晴人は小さく頷く。
おそらく、卵が特別好きなわけではない。ただ単に思い付いた食材が卵だっただけなのだ。今朝卵を食べて、今スクランブルエッグの話をしたから。
一緒にいる時間はほんの三日ほどだけれど、察しの良い晴人は直ぐに気付いた。
選択肢を与えられて選ぶこと。
自ら何かをすること。
大人、もしくは人間。
そして口論。
これらを千彩は苦手としている。
気付いたけれど、その理由まではわからない。それは本人の口から直接訊くしかないのだ。
「ちぃ、あのな」
「お待たせいたしました」
「え、あぁ…」
ちょうどタイミング悪く店員がパスタを運んで来て、晴人は言い掛けた言葉を呑み込む。
一瞬不思議そうに首を傾げた千彩も、目の前に並んだパスタに目を輝かせた。
「食べていい?」
「いただきますしてからな」
「いただきまーす!」
何だか子育てをしているようだ。と、フォークでパスタを掬おうとしている千彩を見て思う。
「何してんねん」
「んー上手に出来へん」
「こないすんねや」
左手にスプーンを、右手にフォークを持ち、晴人は器用にパスタを絡める。それを見ながら千彩も真似をするも、到底口に入りそうにもない大きな塊がスプーンの上で出来上がった。
「おはしー」
「箸でパスタは食べれんやろ。お前食べたことないんか?」
「あるけど、ちさのお家おはししかなかったもん」
どんな家だ。と言い掛けて、ふとあのビルを思い出す。訊ねたいけれど、嫌な過去ならば思い出させたくはない。
思い留まり、そっと手を伸ばしてフォークを受け取った。そこにパスタを絡めてやり、再びフォークを千彩の手に戻す。
「ほら」
「ありがとう」
「ちょっとずつするんや。クルクルって」
「うん」
苦戦しながらもパスタを頬張る千彩の姿は、何とも愛らしくて。確かにあったはずの刺々しい気持ちは、完全に晴人の中から取り払われていた。
やはり予想通りペロリとパスタを平らげた千彩は、待ちに待ったプリンまでも平らげご機嫌だ。
きちんと「ごちそうさま」をし、二人で席を立つ。
会計を済ませて外に出ると、先に出ていたはずの千彩の姿が無い。慌てて辺りを見回す晴人に、通りの向こう側から千彩が大きく手を振った。
「はるー!くつー!」
靴?と首を捻り、そう言えば買ってやると約束したな…と、信号が変わるのを待って通りを横断した。
「こら。勝手にどっか行ったあかんやろ」
「ん?ごめんなさい」
「どれがええんや?」
「どれでもいい」
靴と言ったわりには、千彩の目は店の中にある大きなクリーム色のくまに釘付けで。
欲しいとは口に出さないのだけれど、目がそう訴えている。
「これでええ?」
「うん」
「うん。やなくてちょっと履いてみてや」
「うん」
くまから一向に視線を外そうとしない千彩の頬をむぎゅっと抓り、晴人は「めっ!」と幼い子供のように叱りつける。
「先こっち。あれ買うたるから」
「くま?」
「おぉ。買うたる」
「ほんまに?」
「おぉ。せやからこっち履いて」
ベンチに座らせてサンダルを脱がせるものの、その間も千彩はうずうずとお目当てのぬいぐるみを振り返っていて。諦めて立ち上がると、晴人は店員に頼んでそれを取ってもらった。
「ほら」
「これ、ちさの?」
「そうそう。せやからこれ履いて」
「はーい」
大人しく足を差し出した千彩が、ギュッとぬいぐるみを抱き締めて嬉しそうに笑う。それを見上げながら、晴人は頬を緩ませた。
「もー。お前はほんまにー」
「はるっ、ありがとう!」
「おぉ」
「ありがとう!」
ぬいぐるみを抱き締めた千彩の変わりに靴の入った袋を受け取り、にこにこと笑う千彩の頭を撫でる。
「俺もうちょっと仕事せなあかんから、ええ子しててな?」
「うん!はる、ありがとう!」
余程嬉しかったのか、千彩は何度も「ありがとう!」と言って晴人を見上げた。