Secret Lover's Night 【完全版】
外が闇に染まると、ぼんやりと薄暗い晴人の部屋。
間接照明だけでは足りないだろうとソファの下の光源にスイッチを入れるものの、やはり薄暗いことに変わりはなかった。
そんな部屋の中で唯一煌々と明かりが灯る場所がキッチンなわけで。扉を開けてしまえば廊下や洗面所も明るいのだけれど、さすがにそんな場所に寄せ集まるわけにはいかない。
必然的に、千彩に恵介、何故か一緒にやって来たメーシーがカウンターチェアに腰掛け、そこに凭れかかる形で晴人が並ぶという何とも面白い図が出来上がった。
「なぁ、この家暗いんちゃう?」
「ホント、こんな部屋で生活出来るのが不思議」
「んー。ほとんど家おらんし、今までこれで不自由したことないけどなぁ」
「お前実はグルーミーやからなー」
「喧しいわ」
キッパリと否定を出来ない代わりに、もぐもぐとプリンを噛み潰す。するりと喉に流れて行くその甘さに、晴人は眉根を寄せてカップを置いた。
「はる、もういらないん?」
「俺もうええわ。要るんやったら食べ?」
「いいのっ?」
「ええよ。どーぞ」
スプーンを取って差し出すと、満面の笑みが見えた。可愛い!と、思わず口を突いて出そうになる。
「はる、プリン嫌い?」
「んー。甘いもんはいまいち」
「そうなん?ちさ大好きー」
ニコニコと、ご機嫌にプリンを頬張りながら千彩が笑う。それを見下ろしながら、晴人は大きなため息を吐いた。
それに反応した千彩が、唇を尖らせ見上げて抗議する。
「約束したのにー」
「んー?」
「ため息吐いたから、今はるの幸せ一つ逃げたよ」
「えーの」
ふくれっ面をする千彩の頭をポンポンと撫で、晴人は小さく言葉を紡ぐ。
「一つ二つ逃げてもかまへんわ」
「なんでー?」
「ちぃが逃げんかったらそれでええ」
そう言った晴人の表情が、昼間泣き出す前に見た表情にそっくりで。慌ててカップとスプーンを置き、千彩はグッと晴人の腕を引いて腹に頭を押し付けた。
「どした?」
「はる…泣いたらイヤ。ちさ、逃げたりせんから」
「泣いてへんやん」
「悲しそう…」
千彩にはそう見えるのか。と、一度ゆっくりと瞬きをして、晴人はアルコールで気だるくなり始めた体を屈める。
そして、不安げに擦り寄る千彩の両頬を手で挟んで自分の方へと向かせ、にっこりと笑って見せた。
「大丈夫や」
「ほんま?」
「ほんまです。なので、ちぃちゃんはそれを食べたらシャワーを浴びてください」
「ん…?はぁい」
小さく首を傾げながらも、千彩は素直に頷いてくれて。
「可愛い女」とはこうゆう女のことを言うのだ。と、電話口で喚いていた元恋人を思い出し、再び向き合った冷蔵庫に向かってはぁーっと大きなため息を吐き出した。
「はる…」
「晴人さーん。愛しの姫が心配してますけどー?」
「ん?あぁ。せやなぁ」
扉を閉めビールのフタを開けると、どこからともなく手が伸びて来る。あっさりとそれを奪い取られ、手持ち無沙汰の晴人はカウンターに手を突いて項垂れた。
「飲み過ぎたらダメ」
「んー?飲みたい時もあるんですよ、大人には」
その言葉にぷぅっと頬を膨らせた千彩が、無言で晴人に缶を押し返す。
驚いて目を瞠る恵介には目もくれず、ペタペタと足音を立てながらベッドルームに入り、パジャマを手にまた戻って来た。
「ちさは子供やから、シャワーしてもう寝るっ」
「はーい。ちぃちゃんおりこーさん」
「もーっ!」
地団駄を踏む千彩の頭をよしよしと撫で、晴人はそのままギュッと頭を抱き抱えた。
「可愛いなぁ、ちぃは」
「もー!」
「はいはい。シャワー浴びておいで。な?」
半ば追い出すようにして、扉が閉まった瞬間にその場へ座り込んだ。
それを見かねたのか、だんまりを決め込んでいたメーシーが缶ビールを持ったままの晴人の腕を掴む。
「取り敢えずソファ座れば?」
「ですねー」
「何?思春期なの?王子」
「ですねー」
軽い調子のメーシーの言葉が、今はとても心地好くて。それに甘えるように体を預け、晴人はドサッとソファへと倒れ込みながら一気に缶の中身を煽る。
出会いも別れも、そんなに重要視はしていなかった。
そう、別れは特に。
けれど、どうにもこうにも呑み込めない想いが喉元に痞えていて。
それが何なのか、それをどう言葉にすれば良いのか。晴人にはわからないでいた。
間接照明だけでは足りないだろうとソファの下の光源にスイッチを入れるものの、やはり薄暗いことに変わりはなかった。
そんな部屋の中で唯一煌々と明かりが灯る場所がキッチンなわけで。扉を開けてしまえば廊下や洗面所も明るいのだけれど、さすがにそんな場所に寄せ集まるわけにはいかない。
必然的に、千彩に恵介、何故か一緒にやって来たメーシーがカウンターチェアに腰掛け、そこに凭れかかる形で晴人が並ぶという何とも面白い図が出来上がった。
「なぁ、この家暗いんちゃう?」
「ホント、こんな部屋で生活出来るのが不思議」
「んー。ほとんど家おらんし、今までこれで不自由したことないけどなぁ」
「お前実はグルーミーやからなー」
「喧しいわ」
キッパリと否定を出来ない代わりに、もぐもぐとプリンを噛み潰す。するりと喉に流れて行くその甘さに、晴人は眉根を寄せてカップを置いた。
「はる、もういらないん?」
「俺もうええわ。要るんやったら食べ?」
「いいのっ?」
「ええよ。どーぞ」
スプーンを取って差し出すと、満面の笑みが見えた。可愛い!と、思わず口を突いて出そうになる。
「はる、プリン嫌い?」
「んー。甘いもんはいまいち」
「そうなん?ちさ大好きー」
ニコニコと、ご機嫌にプリンを頬張りながら千彩が笑う。それを見下ろしながら、晴人は大きなため息を吐いた。
それに反応した千彩が、唇を尖らせ見上げて抗議する。
「約束したのにー」
「んー?」
「ため息吐いたから、今はるの幸せ一つ逃げたよ」
「えーの」
ふくれっ面をする千彩の頭をポンポンと撫で、晴人は小さく言葉を紡ぐ。
「一つ二つ逃げてもかまへんわ」
「なんでー?」
「ちぃが逃げんかったらそれでええ」
そう言った晴人の表情が、昼間泣き出す前に見た表情にそっくりで。慌ててカップとスプーンを置き、千彩はグッと晴人の腕を引いて腹に頭を押し付けた。
「どした?」
「はる…泣いたらイヤ。ちさ、逃げたりせんから」
「泣いてへんやん」
「悲しそう…」
千彩にはそう見えるのか。と、一度ゆっくりと瞬きをして、晴人はアルコールで気だるくなり始めた体を屈める。
そして、不安げに擦り寄る千彩の両頬を手で挟んで自分の方へと向かせ、にっこりと笑って見せた。
「大丈夫や」
「ほんま?」
「ほんまです。なので、ちぃちゃんはそれを食べたらシャワーを浴びてください」
「ん…?はぁい」
小さく首を傾げながらも、千彩は素直に頷いてくれて。
「可愛い女」とはこうゆう女のことを言うのだ。と、電話口で喚いていた元恋人を思い出し、再び向き合った冷蔵庫に向かってはぁーっと大きなため息を吐き出した。
「はる…」
「晴人さーん。愛しの姫が心配してますけどー?」
「ん?あぁ。せやなぁ」
扉を閉めビールのフタを開けると、どこからともなく手が伸びて来る。あっさりとそれを奪い取られ、手持ち無沙汰の晴人はカウンターに手を突いて項垂れた。
「飲み過ぎたらダメ」
「んー?飲みたい時もあるんですよ、大人には」
その言葉にぷぅっと頬を膨らせた千彩が、無言で晴人に缶を押し返す。
驚いて目を瞠る恵介には目もくれず、ペタペタと足音を立てながらベッドルームに入り、パジャマを手にまた戻って来た。
「ちさは子供やから、シャワーしてもう寝るっ」
「はーい。ちぃちゃんおりこーさん」
「もーっ!」
地団駄を踏む千彩の頭をよしよしと撫で、晴人はそのままギュッと頭を抱き抱えた。
「可愛いなぁ、ちぃは」
「もー!」
「はいはい。シャワー浴びておいで。な?」
半ば追い出すようにして、扉が閉まった瞬間にその場へ座り込んだ。
それを見かねたのか、だんまりを決め込んでいたメーシーが缶ビールを持ったままの晴人の腕を掴む。
「取り敢えずソファ座れば?」
「ですねー」
「何?思春期なの?王子」
「ですねー」
軽い調子のメーシーの言葉が、今はとても心地好くて。それに甘えるように体を預け、晴人はドサッとソファへと倒れ込みながら一気に缶の中身を煽る。
出会いも別れも、そんなに重要視はしていなかった。
そう、別れは特に。
けれど、どうにもこうにも呑み込めない想いが喉元に痞えていて。
それが何なのか、それをどう言葉にすれば良いのか。晴人にはわからないでいた。