Secret Lover's Night 【完全版】
リビングで片付けをしていた恵介は、つい数十分前のやり取りを思い返しながら、高校時代を懐かしんでいた。

入学と同時に晴人に出会い、高校、専門学校を共に過ごし、卒業と同時に二人で上京した。出会ってから十数年、自分は当時と然程変わらないつもりでいるけれど、晴人は変わった。
それは、晴人自身も十分にわかっていることだろうと思っている。

「まさかあんな顔がまた見れるなんてなぁ…」

晴人が飲み散らかした缶を片付けながら、ボソリと呟く。
高校時代から、晴人を形容する言葉は「ストイック」や「クール」で。誰に紹介するにもその言葉を使ってきたし、今でもそれは変わらない。

「17…なぁ」

プルタブをペキリと折りながら、改めて千彩の年齢を思う。
世間様からすれば、晴人は立派なロリコンになるのだろうか。千彩は容姿も幼く見えるし、何よりも言動が17歳とは思えないほどに幼い。色々事情はあるのかもしれないけれど、それにしてもあれは異常なくらいだ。

繁華街の雑居ビルの間で、ドレス一枚の女の子を拾い、そのまま家に連れ帰った。

千彩のことは、晴人からそう聞いた。千彩自身の口からは、何も事情は聞いてはいない。

「わざと…?なわけないわなぁ」

悪い方へと思考が向くも、すぐにそれは振り払われる。
たとえわざと幼いフリをしていたとしても、あの晴人がそれを見逃すはずがない。そう言い切れるからだ。

顔も良ければ頭も良い。優しくて、面倒見がよくて…高校時代から憧れ続けた晴人は、恵介の自慢の友達だった。

「まぁ…えっか。あいつ楽しそうやし」

スタジオでカメラを構えた晴人の表情を見て、恵介でさえも驚いていたのは事実。千彩と同じように、楽しげにカメラを向ける晴人の姿を見て喜んだ。

晴人がカメラを始めた当初は、それはそれは楽しそうに撮っていた。当時の恋人だった女の子の写真など、何百枚あるかしれない。
けれど、いつしかその楽しげな表情はどこかへ消え去り、セミヌードだろうがフルヌードだろうが、淡々と、表情一つ変えずに撮影をこなすようになっていた。

そんな変化を一番近くで見ていた恵介は、腕を磨くほどに表情を消して行く晴人を心配していて。理由を尋ねても曖昧なことしか言わない晴人を、心を病んでるのではないかと本気で心配したこともある。

「けーちゃん」

色々と思い返しながらカウンターでタバコを吹かしていると、眠そうに目を擦った千彩がぬいぐるみと手を繋いでペタペタと歩み寄って来た。

「どしたー?」

慌てて灰皿にタバコを押し付け立ち上がると、ゆるりと首を縦に振った千彩の足が冷蔵庫へと向かった。

「ジュース入れたろか?」
「んーん。自分で出来る」

そりゃそうか。と、小さな納得と共にもう一度腰掛ける。

ぬいぐるみと手を繋いだ千彩の姿は、どう見ても小学生低学年の幼子で。そのお気に入りだろうぬいぐるみをカウンターの隅に置いて両手で少し大きめのグラスを傾ける千彩の姿をまじまじと見つめながら、やはり自分もその気があるかもしれない…と、失礼なことを考えていた。

「ちーちゃん、晴人は?」
「寝てるー。めーしーは?」
「ん?メーシーは明日早いからもう帰ったで」
「そっか。ねぇ、けーちゃん。はる…悲しいの?」
「んー?」
「お酒いっぱい飲んだらね、悲しいことを忘れられるんやって」
「晴人がそう言うてたん?」
「んーん。おにーさま」
「お兄様?」

初めて千彩の口から聞く単語に、恵介は小さく首を傾げる。お兄様と呼ぶということは、それなりに良い家のお嬢様か何かか?と、カウンター越しの千彩を窺い見る。
その視線に気付いた千彩が、不思議そうにコテンと首を傾げて空いたグラスを流しに置いた。

「どうしたん?」
「あぁ、うん。ちーちゃん、ちょっとけーちゃんとお話しよか?」
「けーちゃんと?うん。いいよ」

ぬいぐるみを抱き直し歩み寄って来る千彩をカウンターチェアに座らせ、外しておいた腕時計をチラリと見遣る。
時刻は23時を少し回ったところ。少しだけ…と、頬杖をついて千彩の長い髪を撫でた。

「ちーちゃんのお家は?」
「ここ」
「んー。そうやなくて。ここに来るまではどこにおったん?関西弁喋るから、関西の子やんな?」
「うん。でも、ここに来る前はビルに住んでた」
「ビル?」
「お店の人がここに住みなさいって言ったビル」

そう言えば晴人もそう言っていた。と、記憶を辿って言葉を思い出す。

「真っ暗なビルやったんやろ?」
「うん。電気はつかないけど、ろうそくいっぱいもらったよ」
「どんなお店で働いてたん?」

その言葉に千彩の表情が曇る。ヤバかったか?と、窺い見るしか出来ない恵介は、じっと黙って千彩の言葉を待った。

「ドレス着て、お化粧されて、お人形みたいに座ってるお店」
「お酒飲む店?」
「んーん。違う」

もっといかがわしい店か…と、思わず眉間に皺を寄せる。それに気付いた千彩が、情けなく眉を下げて首を傾げた。

「そこで待ってたらね、おにーさまが迎えに来るって言われた」
「お兄ちゃん、待ってたん?」
「お兄ちゃんじゃないよ?おにーさま」

唇を尖らせる千彩に、笑って頭を撫でてやる。すると、今度は千彩の方から話し始めた。

「ずっと待ってたけどね、おにーさまは迎えに来なかった。おにーさまも、ママと一緒でちさをほかしたんかな」
「ママは…ちーちゃん捨てたんか?」

今にも泣き出しそうな千彩の頭を撫でながら、恵介は尚も言葉を続ける。
晴人が居なくて良かった…と、心底そう思った。

「ママはね、悲しいことがいっぱいあって、いっぱいお酒飲んで壊れたっておにーさまが言ってた」
「壊れた?」
「そう。だから、ママは遠くへ行っちゃった」

言葉を続けようにも、物悲しげにする千彩の姿にどうにも憚られて。黙って千彩を見つめていると、ギュッとぬいぐるみを抱き直した千彩が言葉を続けた。

「おにーさまはね、ヤクザ屋さんってお仕事」
「ちっ…ちーちゃん。お兄様って、ちーちゃんのお兄ちゃんちゃうの?」
「だから違うってばー。おにーさまはおにーさま。ボスの子分で、ボスが一番偉いの!」

さもそれが当然かのように言うものだから、ツッコミすら言葉に出来なくて。黙ってそれを呑み込むと、また千彩がしゅんと肩を落とした。

「でもね、おにーさまずっと帰って来なくなっちゃって…」
「ちーちゃん」
「おにーさま、迎えに来なかった。ちさが悪い子やからほかしたんでしょ?」
「そんなことない。そんなことないわ」

そっと千彩を抱き寄せ、恵介は囁くように言う。痛々しい心を抱える千彩に、どうか安心してほしい…と。

「はるはね、ちさを捨てないって言ってたよ?」
「あいつはそんなことせんよ、絶対」
「ちさ、はるのこと大好き」
「うん。せやな」
「けーちゃんのことも大好き」

だからそんな顔せんといて。

と、千彩の細い指が恵介の頬を撫ぜる。その手をピタリと頬に着け、恵介は願った。

どうかこの小さな恋が上手くいきますように…と。
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