Secret Lover's Night 【完全版】
シャワーと着替えを終えた千彩が、ペタペタと足音を立てながらリビングへ向かって来る。
二日酔いの酷い晴人は、ソファで英字新聞を読みながらコーヒーカップを片手にぐたりとしていた。

「けーちゃん、着替えたー」
「おー。どれどれ?」

お披露目とばかりにじゃーんと両手を広げる千彩に、エプロン姿の恵介が歩み寄る。それに少し手を加えて服を直しながら、恵介も嬉しそうだ。

「はい、出来たー」
「ありがとー!はるー、見て見てー!」
「ん?おぉ。可愛い、可愛い」

嬉しそうに駆け寄る千彩に笑顔でそう返してやり、背凭れからでろんと手を伸ばした状態で、晴人は千彩のレースのショートパンツの裾をチョイと抓んだ。

「短いんちゃう?これ」
「ショーパンやからな」
「ちぃはこれが好きなんか?」
「んー?けーちゃんがこれがいいって言ったー」

そう答える千彩の目は、完全にカウンターに並べられた朝食に向いていて。この食いしん坊め!とペシンとお尻と叩き、食べてこいと促す。

「けーちゃんいただきまーす!」
「はい、どうぞー」

コーヒーカップを持ってソファへと歩み寄って来た恵介を、新聞から目を離した晴人がじっと見上げる。
そして、面倒くさそうに声を押し出した。

「お前が料理なぁ」
「何やー?ちゃんと作ったで?」
「いやいや。毎食俺に作らせてたくせになーと思ってな」
「あれー?そうやっけ?」
「メシもそやし、掃除も洗濯も全部俺やったやんかい」
「あれー?おかしいなぁ。あははー」

上京して暫くは、二人で一緒に生活をしていた。一切家事をやりたがらない恵介の代わりに、何でも器用に熟す晴人がそれを引き受け、その代わりに買い物などの力仕事を恵介がしていた。
まるで恋人同士だ。と、当時の恋人が妬いていたこともある。

「そういやお前さ、女は?」
「俺?俺は独り身ですよー、晴人と違って」
「俺かて独り身やわ。別れたし」
「いや、お前ちーちゃんおるやん」
「ちぃはちぃやろ」

嬉しそうに食事を頬張っているだろう後姿を眺めながら、ふーっと息を吐き出す。
恋人と呼ぶにはまだ早い。けれど、兄貴のままでは到底いられるはずもない。
複雑な想いが、晴人の思考を鈍くする。

そんな晴人に、身を屈めた恵介がコソコソと擦り寄って来た。

「昨日ちーちゃんに聞いたんやけどさ…」

思わず身を引いたものの、千彩に聞こえないように配慮しているだろうことがわかり、晴人もカップを置いて同じように身を寄せた。

「ちーちゃん、どうもお母さんがアル中なったみたいやわ」
「は?アル中?」
「で、多分借金か何かあったんや思うんやけど、その筋の…お兄様って人がちーちゃんをこっちへ連れて来たらしいんやわ」
「お兄…様」

聞き覚えのある単語に、晴人の眉根が寄る。チラリと振り返ると、千彩はまだご機嫌に朝食を頬張っているようだった。

「で?」
「そのお兄様も行方知れずで、住まわせてくれてたボス…多分組長か何かなんやけど、ボスも亡くなったらしくてな」
「ボス…ねぇ」
「で、いかがわしい店に売られた。って身の上」
「なるほど…な」

一度深く頷き、晴人は再び新聞とカップを手にする。けれど、いつもならすんなりと頭に入るはずの英文が、何だか幾何学文字のように見えて。
諦めてそれを置き、背もたれを乗り越えて千彩の隣へと腰掛けた。

「あっ、はるもプリン食べる?昨日けーちゃんとめーしーが買って来てくれたやつ、一個残ってた」
「ん?俺はええよ」
「そーやった。はるは甘いの嫌い」
「んー。そうやな」

にっこりと微笑むと、それに釣られて千彩も微笑む。話しをしたのは良いのだけれど、泣きはしなかっただろうか…と、そっと頭を撫でた。

「はる?」
「ここにおってええからな?」
「ん?うん」
「ずっと俺の傍におったらええから」
「うん!」
「俺も千彩が大好きやから…な」

その言葉に、千彩の笑顔が輝く。
やっと言葉に出来た想いに、晴人の胸の痞えは完全に取れた。
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