Secret Lover's Night 【完全版】
やはりと言うか、何と言うか。玄関の鍵を閉めてリビングへ戻ると、ソファで膝を抱えて座る千彩が膨れっ面をしていて。思わず零れた苦笑いを誤魔化すようにガシガシと頭を掻き、晴人は背凭れを乗り越えて隣に腰掛けた。
「ちぃ、プリン作るんちゃうかった?」
「あっ!」
「よし。キッチン行って作ろ。な?」
苦し紛れの作戦も、相手が千彩ならば通用する。容易にその策に引っ掛かってくれた千彩に感謝をしつつ、イライラを呑み込む。
「はるー、早くプリンー!」
「はいはい。ちょっと待って」
既にキッチンへと移動していた千彩は、冷蔵庫の前で今か今かと待ち構えていて。それをちょいちょいと手招きして呼び寄せ、普段自分が使っている淡いオレンジ色のカフェエプロンを千彩の腰へと巻き付けた。
「はるのは?」
「ん?俺はええよ」
「ちさもエプロン欲しい!」
「エプロン?」
巻かれたエプロンの裾をちょんと摘まみ、千彩は晴人を見上げる。珍しいおねだりを快く受け入れ、晴人はそのエプロンを仕立てた人物の顔を思い浮かべた。
「ほな、恵介に作ってもらおか」
「けーちゃんに?」
晴人が普段使っているエプロンは、恵介のお手製。服飾についてかなりのマメさを発揮する恵介は、こういった類いのことを得意としていた。
「ああ見えて恵介はプロやからな。そのエプロンも恵介が作ったもんやし」
「けーちゃん凄い!」
「やろ?あいつもたまにはやるんやで」
そう言って笑うと、千彩が目を輝かせた。
その頭をよしよしと撫でながらカウンターの携帯へと手を伸ばし、「千彩がけーちゃんにエプロン作ってほしいんやとよ」と簡単なメールを打つと、数分も経たないうちに携帯が震え始めた。
「仕事せぇよ、おっさん」
『しとるわ!』
「エプロンな?エプロン」
『型紙あったかなー』
「それくらいお前のデスクの引き出しにあるんちゃうんか?」
『無茶言うなよー。四次元ポケットちゃうぞ』
どうやら何かの作業中らしく、いつもながらに陽気な恵介の声の向こう側からは、ゴソゴソと物音が聞こえてくる。ちゃんと仕事をしてる様子に、晴人はホッと胸を撫で下ろした。
「けーちゃん?代わってー?」
「ん?はい、どーぞ」
「もしもし、けーちゃん!」
『おー、マイエンジェル!いい子にしてるかー?』
「してるー!けーちゃん今日は何時に帰って来る?」
「え?けーちゃん今日も帰って来んの?」
千彩の言葉に驚いたのは、電話口の恵介よりもそれを傍で聞いていた晴人で。目を丸くする晴人に、当の千彩は不思議そうに首を傾げていた。
「けーちゃん帰って来ないん?」
「けーちゃんにはけーちゃんの家があるからなぁ」
「えー!」
『ちーちゃん、今日は8時には帰るよーって晴人に言うててくれる?』
「うん!はるっ、けーちゃん8時に帰って来るってー」
「あー…そう。そうですか。今日も来られるんですね」
「ちさ今からはるとプリン作るから、帰ってきたら一緒に食べようね?」
『おー。楽しみにしてるわな』
「ばいばーい」
ご機嫌に通話を終えると、千彩はまるでスキップでもしそうなくらいに浮かれていて。
そんなに恵介が帰って来るのが嬉しいのだろうか…と、今朝の小さな嫉妬を胸に蘇らせた。
「千彩」
そっと名を呼ぶと、長い髪がふわりと揺れる。手を伸ばしそれを一掬いすると、晴人はじっと千彩を見つめた。
「なぁ、ちぃ?」
「んー?」
「俺と恵介、どっちが好き?」
自分でも、くだらない嫉妬だと思う。高校生じゃあるまいし、アラサーが何を言うか…と。
けれど、どうにもそれを止める術が見当たらなくて。
「どっち?」
問い詰めるように一歩踏み出すと、千彩はにっこりと笑って両手を伸ばした。
「ちさははるとが好き!」
そう言った千彩が、あまりに綺麗に笑うものだから。腕の中に閉じ込めておきたい。と、色々と厄介な想いを抱く大人は、歪んだ愛情を注いでしまいたくなる。
「そっ…か。うん、せやな」
「うん!」
「よし、プリン作るか!」
「うん!」
一度強くギュッと抱き締め、二人並んでキッチンに立つ。腕の中に残る愛しさに、晴人はほんのりと胸の中を温かくした。
「ちぃ、プリン作るんちゃうかった?」
「あっ!」
「よし。キッチン行って作ろ。な?」
苦し紛れの作戦も、相手が千彩ならば通用する。容易にその策に引っ掛かってくれた千彩に感謝をしつつ、イライラを呑み込む。
「はるー、早くプリンー!」
「はいはい。ちょっと待って」
既にキッチンへと移動していた千彩は、冷蔵庫の前で今か今かと待ち構えていて。それをちょいちょいと手招きして呼び寄せ、普段自分が使っている淡いオレンジ色のカフェエプロンを千彩の腰へと巻き付けた。
「はるのは?」
「ん?俺はええよ」
「ちさもエプロン欲しい!」
「エプロン?」
巻かれたエプロンの裾をちょんと摘まみ、千彩は晴人を見上げる。珍しいおねだりを快く受け入れ、晴人はそのエプロンを仕立てた人物の顔を思い浮かべた。
「ほな、恵介に作ってもらおか」
「けーちゃんに?」
晴人が普段使っているエプロンは、恵介のお手製。服飾についてかなりのマメさを発揮する恵介は、こういった類いのことを得意としていた。
「ああ見えて恵介はプロやからな。そのエプロンも恵介が作ったもんやし」
「けーちゃん凄い!」
「やろ?あいつもたまにはやるんやで」
そう言って笑うと、千彩が目を輝かせた。
その頭をよしよしと撫でながらカウンターの携帯へと手を伸ばし、「千彩がけーちゃんにエプロン作ってほしいんやとよ」と簡単なメールを打つと、数分も経たないうちに携帯が震え始めた。
「仕事せぇよ、おっさん」
『しとるわ!』
「エプロンな?エプロン」
『型紙あったかなー』
「それくらいお前のデスクの引き出しにあるんちゃうんか?」
『無茶言うなよー。四次元ポケットちゃうぞ』
どうやら何かの作業中らしく、いつもながらに陽気な恵介の声の向こう側からは、ゴソゴソと物音が聞こえてくる。ちゃんと仕事をしてる様子に、晴人はホッと胸を撫で下ろした。
「けーちゃん?代わってー?」
「ん?はい、どーぞ」
「もしもし、けーちゃん!」
『おー、マイエンジェル!いい子にしてるかー?』
「してるー!けーちゃん今日は何時に帰って来る?」
「え?けーちゃん今日も帰って来んの?」
千彩の言葉に驚いたのは、電話口の恵介よりもそれを傍で聞いていた晴人で。目を丸くする晴人に、当の千彩は不思議そうに首を傾げていた。
「けーちゃん帰って来ないん?」
「けーちゃんにはけーちゃんの家があるからなぁ」
「えー!」
『ちーちゃん、今日は8時には帰るよーって晴人に言うててくれる?』
「うん!はるっ、けーちゃん8時に帰って来るってー」
「あー…そう。そうですか。今日も来られるんですね」
「ちさ今からはるとプリン作るから、帰ってきたら一緒に食べようね?」
『おー。楽しみにしてるわな』
「ばいばーい」
ご機嫌に通話を終えると、千彩はまるでスキップでもしそうなくらいに浮かれていて。
そんなに恵介が帰って来るのが嬉しいのだろうか…と、今朝の小さな嫉妬を胸に蘇らせた。
「千彩」
そっと名を呼ぶと、長い髪がふわりと揺れる。手を伸ばしそれを一掬いすると、晴人はじっと千彩を見つめた。
「なぁ、ちぃ?」
「んー?」
「俺と恵介、どっちが好き?」
自分でも、くだらない嫉妬だと思う。高校生じゃあるまいし、アラサーが何を言うか…と。
けれど、どうにもそれを止める術が見当たらなくて。
「どっち?」
問い詰めるように一歩踏み出すと、千彩はにっこりと笑って両手を伸ばした。
「ちさははるとが好き!」
そう言った千彩が、あまりに綺麗に笑うものだから。腕の中に閉じ込めておきたい。と、色々と厄介な想いを抱く大人は、歪んだ愛情を注いでしまいたくなる。
「そっ…か。うん、せやな」
「うん!」
「よし、プリン作るか!」
「うん!」
一度強くギュッと抱き締め、二人並んでキッチンに立つ。腕の中に残る愛しさに、晴人はほんのりと胸の中を温かくした。