Secret Lover's Night 【完全版】
その頃「メーシー」こと佐野明治は、目の前で泣き崩れるリエに手を焼いていた。
運が悪かったのだ。と自分を慰めてみるも、どうにもこうにも遣る瀬無い。
せっかくいい天気なのに…と思いながら、次に掛ける「優しい言葉」を探す。フェミニストも大変だ。と、自嘲しながら。
「リエちゃん、そろそろ泣き止もうよ。綺麗な顔が台なしになってる」
「だって…」
「悲しいのはわかるけどさ?大人なんだから」
言ってしまって、あちゃーと口元に手を当てる。その言葉が余計に拍車をかけ、とうとう声を上げさせる結果になってしまった。
おかしいなーと、今日の仕事の予定を脳内スケジュールで確認する。そのスケジュールの中には、何度確認してもリエの名前は入っていなかった。
それもそうだ。日々自分をこき使う「HAL」こと晴人が今日は休みを取っているのだから。
それなのに、今自分の目の前には、わんわんと声を上げて泣くリエが居て。晴にフラれた!と勢いよく扉を開いたかと思えば、それからずっと、こうしてジメジメと泣き続けているのだ。迷惑極まりない。
「佐野さん!私の何がいけなかったと思う?そりゃいっぱい我が儘言ったかもだけど…我慢だっていっぱいしたし、それに…」
悔しそうに唇を噛み、リエはギュッと両手を握った。そんな長い爪じゃ手の平に刺さって痛いだろうに…と、冷静に見つめていられる第三者には、まだまだ余裕がある。
「子供なのよ?新しい女」
「知ってるよ。俺昨日メイクした。可愛い子だったなー、姫」
ギッと睨みつけられるも、言ってしまった言葉は取り消せない。無意識に出てしまった言葉は、何を隠そう本音だ。
「騙されてるのよ、晴」
「そうかな?俺にはそんな風に見えなかったよ?」
「佐野さんは男だから!」
「あぁ、リエちゃんは女の子だから、ああゆう可愛い子に嫉妬しちゃうんだ。俺好きじゃないなー、そうゆうの」
「ちがっ!あんな子供…」
さすがに一時間近くジメジメと泣かれれば、自他共に認める「フェミニスト」も多少なりとも苛立ってくるというもので。
言葉に棘が出てくるのも致し方ない。と、出来れば目を瞑ってほしい。
それに、自分は千彩をとても気に入っているのだ。撮影用の決して安値では買えない仕事道具を、スキンケア用品から一式分け与えてしまうほどに。
おまけに、ご丁寧に指導までしてやった。そんなお気に入りの姫を見下されれば、イヤミの一つも言いたくなる。
ふぅーっと息を吐いて、メーシーは面倒くさそうに言葉を吐き出す。
「何?あんなガキより私の方が綺麗だって?」
「ちがっ…」
「そりゃ綺麗なのは当然だよ。綺麗でいることが君の仕事なんだから。だけど、ここまでは写真にも映像にも映らないから…手入れしようがないか」
自分の胸元を指差し、更に続ける。
「俺さ、HALに色々聞いてんだよね。ほら、俺ら飲み仲間だから?」
二人が飲み仲間なのは事実だ。実際時間を見付けては、二人、ないしは恵介も交えての三人でよく飲みに出掛ける。
けれど、色々と…は嘘。元々自分のことはあまり話したがらない晴人の口からは、女の愚痴など聞いたことがない。
「あの子はさ、ただ純粋にHALのことが好きなんだよ。駆け引きとか計算とか、そんなの一切無しにね。俺はそう思うけど」
歳を重ねて行けば、誰しもが段々と見栄や体裁など、そんな煩わしいものに囚われがちになってしまう。
ただ純粋に晴人が好き。
そんな真っ直ぐな千彩を応援してやりたいと思っている。
「しんどいって…言われたの。そうゆうの、もうしんどいって。ハルを誰にも盗られたくなかったの…」
「自分が、前の彼女から奪っちゃったから?」
「それは…」
コロコロと服を着替えるように女を乗り換える晴人と付き合うということは、つまりはそういうことで。きっと前の彼女もそう思ってたんじゃない?と付け足すと、一度は止まっていた涙がまた溢れ出した。
要は自分勝手な想いなのだ。自分がしたことが返ってきただけなのに、ジメジメ、メソメソと泣き続けて。運悪く恵介がすぐに出てしまったものだから、面倒な役回りが自分に回ってきた。
「あの子、私に言ったの。自分は何も持ってないから、ハルは私にはあげられないって。そんなはずないわ。親だって兄弟だっているだろうし、友達だっているはずだもの。全部嘘よ!」
そんな風にしか思えないリエを、心底可哀想な女だと思う。もう少し素直に相手を想えたならば、また結果は違ってきたかもしれないのに、と。
「それを素直に信じてるHALがバカだって?」
「佐野さんもおかしいと思わない?ハル以外何も持ってないなんて絶対変よ!」
「そっかな…」
少なくとも自分の目に映った千彩は、純粋で、素直で、バカ正直で。男を騙すような、そんな計算が上手く出来るような女だとは到底思えない。
それに、相手は「あの」晴人なのだ。
「じゃあさ、リエちゃんはあの子の何を知ってる?」
「よく…知らないけど」
「よく知らないのにそんな風に言っちゃうのはどうだろ」
「だって…」
「あの子、ホントに何も持って無いかもよ?俺も詳しく聞いたわけじゃないから、よく知らないって言ったらそうなんだけど。実際HALの家に住んでるし、服や靴はKEIからのプレゼント、メイク用品は俺がプレゼントした」
「嘘…」
「ホントだよ?俺が嘘吐いても何も得しない」
軽い調子で両手を広げて肩を竦めると、リエは不機嫌に顔を顰めた。
嗚呼、美人が台無しだ。と、やはり第三者には余裕がある。
「俺、リエちゃんには悪いんだけど、HALとあの子はお似合いだと思うんだよね」
「佐野さんは…私とハルとじゃ不釣り合いだって言いたいの?あんな子供の方がハルと釣り合うって」
「違うよ?そうゆうんじゃなくてさ」
「じゃあ、何?」
悔しそうに顔を歪めるリエは、涙よりも千彩への妬みだろう感情を優先していて。これだから大人は…と、ふぅーっと音に出来なかった言葉を吐き出した。
「可哀想だよ、リエちゃん。何でそんな風にしか思えないかな」
言葉に詰まり唇を噛んだリエの元へと一歩近付き、メーシーは嫉妬で歪んでしまったその顔をじっと見つめた。
嫉妬は女を醜くするというのは、強ち間違いでもないらしい。
実際今のリエの顔は、嫉妬の色でどす黒く彩られ見る者を不快にする。
「HALは…何て言うの?ちょっと女の子を軽く扱っちゃうような奴だからさ、素直にぶつかってくれる女の子の方がいいと思うんだよね、俺は」
「私は…」
「駆け引きとか、そうゆうのに疲れちゃったんじゃないかな?ほら、リエちゃん素直じゃないから」
その言葉に、リエがポツリ、またポツリと話し出す。
「私…ハルの本名も教えてもらえなかったの。家の場所だって昨日初めて知ったし、タバコ吸う姿だって昨日初めて見た」
「うん」
「でも…あの子は当たり前のように家に居て…あんな優しい顔…私にはしてくれなかった。なのにあの子にはして…当たり前のようにあの子はそれに甘えてて…声だってうんと優しかったのよ」
「あー。随分可愛がってるみたいだしね」
「悔しかったの、私…負けたって思いたくなかった」
「あんな子供に?」
「そう…あんな子供に」
そこまで言って、リエはふぅっと息を吐く。やれば出来るじゃないか。と、メーシーは素直に喜んだ。そして、「これ見て?」と、一枚の写真をリエに手渡す。
「負け…よね、私の。完全に。私はこんな風にHALに撮ってもらえなかったもの」
涙で目を潤ませながらリエが見つめているのは、昨日晴人が撮った千彩の写真。
両手を広げた満面の笑みの千彩。そこには、彼女の「大好き!」が目一杯詰まっている。
それが気に入って、広告用に使うものを余分に刷ってもらい、手帳に挟んでおいたのだ。
勿論、そこに恵介が案ずるような不純な想いは無く、疲れた時の癒し用として。
「本気みたいだよ?じゃなきゃこんな写真撮れないって」
「そう…ね」
「リエちゃんにはリエちゃんのいい人がいるって」
「佐野さん…とか?」
素直になったらねー。と軽く笑い、手の中の写真を抜き取った。それを手帳に挟み直し、ホッと一息つく。
今度の飲み会は王子の奢りだな。などと不純なことを思いながらも、二人の小さな恋を応援する人物がここにも一人。
運が悪かったのだ。と自分を慰めてみるも、どうにもこうにも遣る瀬無い。
せっかくいい天気なのに…と思いながら、次に掛ける「優しい言葉」を探す。フェミニストも大変だ。と、自嘲しながら。
「リエちゃん、そろそろ泣き止もうよ。綺麗な顔が台なしになってる」
「だって…」
「悲しいのはわかるけどさ?大人なんだから」
言ってしまって、あちゃーと口元に手を当てる。その言葉が余計に拍車をかけ、とうとう声を上げさせる結果になってしまった。
おかしいなーと、今日の仕事の予定を脳内スケジュールで確認する。そのスケジュールの中には、何度確認してもリエの名前は入っていなかった。
それもそうだ。日々自分をこき使う「HAL」こと晴人が今日は休みを取っているのだから。
それなのに、今自分の目の前には、わんわんと声を上げて泣くリエが居て。晴にフラれた!と勢いよく扉を開いたかと思えば、それからずっと、こうしてジメジメと泣き続けているのだ。迷惑極まりない。
「佐野さん!私の何がいけなかったと思う?そりゃいっぱい我が儘言ったかもだけど…我慢だっていっぱいしたし、それに…」
悔しそうに唇を噛み、リエはギュッと両手を握った。そんな長い爪じゃ手の平に刺さって痛いだろうに…と、冷静に見つめていられる第三者には、まだまだ余裕がある。
「子供なのよ?新しい女」
「知ってるよ。俺昨日メイクした。可愛い子だったなー、姫」
ギッと睨みつけられるも、言ってしまった言葉は取り消せない。無意識に出てしまった言葉は、何を隠そう本音だ。
「騙されてるのよ、晴」
「そうかな?俺にはそんな風に見えなかったよ?」
「佐野さんは男だから!」
「あぁ、リエちゃんは女の子だから、ああゆう可愛い子に嫉妬しちゃうんだ。俺好きじゃないなー、そうゆうの」
「ちがっ!あんな子供…」
さすがに一時間近くジメジメと泣かれれば、自他共に認める「フェミニスト」も多少なりとも苛立ってくるというもので。
言葉に棘が出てくるのも致し方ない。と、出来れば目を瞑ってほしい。
それに、自分は千彩をとても気に入っているのだ。撮影用の決して安値では買えない仕事道具を、スキンケア用品から一式分け与えてしまうほどに。
おまけに、ご丁寧に指導までしてやった。そんなお気に入りの姫を見下されれば、イヤミの一つも言いたくなる。
ふぅーっと息を吐いて、メーシーは面倒くさそうに言葉を吐き出す。
「何?あんなガキより私の方が綺麗だって?」
「ちがっ…」
「そりゃ綺麗なのは当然だよ。綺麗でいることが君の仕事なんだから。だけど、ここまでは写真にも映像にも映らないから…手入れしようがないか」
自分の胸元を指差し、更に続ける。
「俺さ、HALに色々聞いてんだよね。ほら、俺ら飲み仲間だから?」
二人が飲み仲間なのは事実だ。実際時間を見付けては、二人、ないしは恵介も交えての三人でよく飲みに出掛ける。
けれど、色々と…は嘘。元々自分のことはあまり話したがらない晴人の口からは、女の愚痴など聞いたことがない。
「あの子はさ、ただ純粋にHALのことが好きなんだよ。駆け引きとか計算とか、そんなの一切無しにね。俺はそう思うけど」
歳を重ねて行けば、誰しもが段々と見栄や体裁など、そんな煩わしいものに囚われがちになってしまう。
ただ純粋に晴人が好き。
そんな真っ直ぐな千彩を応援してやりたいと思っている。
「しんどいって…言われたの。そうゆうの、もうしんどいって。ハルを誰にも盗られたくなかったの…」
「自分が、前の彼女から奪っちゃったから?」
「それは…」
コロコロと服を着替えるように女を乗り換える晴人と付き合うということは、つまりはそういうことで。きっと前の彼女もそう思ってたんじゃない?と付け足すと、一度は止まっていた涙がまた溢れ出した。
要は自分勝手な想いなのだ。自分がしたことが返ってきただけなのに、ジメジメ、メソメソと泣き続けて。運悪く恵介がすぐに出てしまったものだから、面倒な役回りが自分に回ってきた。
「あの子、私に言ったの。自分は何も持ってないから、ハルは私にはあげられないって。そんなはずないわ。親だって兄弟だっているだろうし、友達だっているはずだもの。全部嘘よ!」
そんな風にしか思えないリエを、心底可哀想な女だと思う。もう少し素直に相手を想えたならば、また結果は違ってきたかもしれないのに、と。
「それを素直に信じてるHALがバカだって?」
「佐野さんもおかしいと思わない?ハル以外何も持ってないなんて絶対変よ!」
「そっかな…」
少なくとも自分の目に映った千彩は、純粋で、素直で、バカ正直で。男を騙すような、そんな計算が上手く出来るような女だとは到底思えない。
それに、相手は「あの」晴人なのだ。
「じゃあさ、リエちゃんはあの子の何を知ってる?」
「よく…知らないけど」
「よく知らないのにそんな風に言っちゃうのはどうだろ」
「だって…」
「あの子、ホントに何も持って無いかもよ?俺も詳しく聞いたわけじゃないから、よく知らないって言ったらそうなんだけど。実際HALの家に住んでるし、服や靴はKEIからのプレゼント、メイク用品は俺がプレゼントした」
「嘘…」
「ホントだよ?俺が嘘吐いても何も得しない」
軽い調子で両手を広げて肩を竦めると、リエは不機嫌に顔を顰めた。
嗚呼、美人が台無しだ。と、やはり第三者には余裕がある。
「俺、リエちゃんには悪いんだけど、HALとあの子はお似合いだと思うんだよね」
「佐野さんは…私とハルとじゃ不釣り合いだって言いたいの?あんな子供の方がハルと釣り合うって」
「違うよ?そうゆうんじゃなくてさ」
「じゃあ、何?」
悔しそうに顔を歪めるリエは、涙よりも千彩への妬みだろう感情を優先していて。これだから大人は…と、ふぅーっと音に出来なかった言葉を吐き出した。
「可哀想だよ、リエちゃん。何でそんな風にしか思えないかな」
言葉に詰まり唇を噛んだリエの元へと一歩近付き、メーシーは嫉妬で歪んでしまったその顔をじっと見つめた。
嫉妬は女を醜くするというのは、強ち間違いでもないらしい。
実際今のリエの顔は、嫉妬の色でどす黒く彩られ見る者を不快にする。
「HALは…何て言うの?ちょっと女の子を軽く扱っちゃうような奴だからさ、素直にぶつかってくれる女の子の方がいいと思うんだよね、俺は」
「私は…」
「駆け引きとか、そうゆうのに疲れちゃったんじゃないかな?ほら、リエちゃん素直じゃないから」
その言葉に、リエがポツリ、またポツリと話し出す。
「私…ハルの本名も教えてもらえなかったの。家の場所だって昨日初めて知ったし、タバコ吸う姿だって昨日初めて見た」
「うん」
「でも…あの子は当たり前のように家に居て…あんな優しい顔…私にはしてくれなかった。なのにあの子にはして…当たり前のようにあの子はそれに甘えてて…声だってうんと優しかったのよ」
「あー。随分可愛がってるみたいだしね」
「悔しかったの、私…負けたって思いたくなかった」
「あんな子供に?」
「そう…あんな子供に」
そこまで言って、リエはふぅっと息を吐く。やれば出来るじゃないか。と、メーシーは素直に喜んだ。そして、「これ見て?」と、一枚の写真をリエに手渡す。
「負け…よね、私の。完全に。私はこんな風にHALに撮ってもらえなかったもの」
涙で目を潤ませながらリエが見つめているのは、昨日晴人が撮った千彩の写真。
両手を広げた満面の笑みの千彩。そこには、彼女の「大好き!」が目一杯詰まっている。
それが気に入って、広告用に使うものを余分に刷ってもらい、手帳に挟んでおいたのだ。
勿論、そこに恵介が案ずるような不純な想いは無く、疲れた時の癒し用として。
「本気みたいだよ?じゃなきゃこんな写真撮れないって」
「そう…ね」
「リエちゃんにはリエちゃんのいい人がいるって」
「佐野さん…とか?」
素直になったらねー。と軽く笑い、手の中の写真を抜き取った。それを手帳に挟み直し、ホッと一息つく。
今度の飲み会は王子の奢りだな。などと不純なことを思いながらも、二人の小さな恋を応援する人物がここにも一人。