Secret Lover's Night 【完全版】
指定されたのは、ホテル内のラウンジ。ペコリと頭を下げる吉村の隣には、再会を待ち望んでいた千彩の姿はなかった。歩み寄り、取り敢えず改めて頭を下げる。
「お待たせしてすみません」
「いえいえ。こっちこそ急に押しかけてすんませんでした」
「あの…千彩は?」
会いたいのだ。
会って、一秒でも早く抱き締めたい。
腕の中にあるはずの温もりを探すように、晴人はギュッと腕を抱いた。
「それが…その…」
「何かあったんですか?」
「いえ、そうやなくて…」
言い淀む吉村が歯痒い。早く返してくれ!と、そんな自分勝手な言い分が、気を許せば口を突いて出そうになる。
「HALさん、あのー…」
チラリ、と吉村が二人の友人を見遣る。訝しげに見つめる恵介と、それとは対照的ににっこりと笑みをみせるメーシー。千彩の希望で一緒に連れて来たのだけれど、吉村からすれば単なる部外者だ。
「すみません、余計な者まで」
「いやっ、それは構いませんのやけど…」
「何なら僕らは席を外しましょうか?」
「いやいや、どうぞおってください。お二人にもお尋ねしたいことが…」
こういった時のメーシーの笑みは、変に威圧感がある。その筋の人にもそれは通用するのだろうか…と、晴人はどこか他人事のようにそれを傍観していた。
「僕らに?何でしょう?」
「いや、あのー…」
「すみません。僕も人が悪いですよね。わかってますよ」
「え?」
「僕らに尋ねたい事。彼と千彩ちゃんとの関係、ですよね?」
傍観者と化していた晴人が、その言葉にピクリと反応する。メーシーにはどうやらそれが可笑しかったらしく、クスクスと小さく笑い声を漏らしていた。
「何笑うてんの、メーシー」
「いや、やけに素直だなーって思って。そんなに驚いた?」
「まぁ…そこそこ」
そんなやり取りを黙って聞いていた恵介が、おずおずと言葉を送り出す。
「お兄様、あのー…」
「あぁ、はい。何でしょう、スタイリストさん」
「あぁ、三倉です。三倉恵介と言います」
「あっ、すんません。ほな改めて…三倉さん、どうしはりました?」
「あの…ちーちゃん…いや、千彩ちゃんを連れて帰るんですよね?」
「ええ、はい。そのつもりです」
「それに…ちーちゃんは納得したんですか?」
そうだ、忘れていた。こいつは難しいことが苦手な分、こうしていきなりズバリと核心を突く奴だった。
慌てて止めようにも、もう既に言葉は吉村に届いてしまっていて。複雑そうに苦笑いをみせた吉村が、ポツリ、と零した。
「好きや、言うてました。大好きやて」
千彩から発せられる音とは違う何とも悲しげなその「大好き」の音に、胸の奥がグッと締め付けられる気がした。
「帰りたない、言うんですわ。どうしても一緒がええて」
「だったら…」
「でも、そうゆうわけにはいかんのです。ガキの我が儘なんですわ。よぉしてくれはったから、懐いとるから離れたないだけなんですわ」
ズバリ、と不安を突かれた気がした。それだけでもう晴人の心は、原形がわからないほどに掻き乱される。
冷静に、冷静に。と思えば思うほど、深みに嵌まって行くのがわかる。
「それ、どうなんですかね?吉村さんがそう思いたいだけじゃないんですか?」
にこにこと笑いながら出されたメーシーの言葉には、明らかに棘が含まれていて。普段ならばそれを制して自分がフォローの言葉を紡ぐのだけれど、今はその言葉さえ選べない。改めて自分のこういった事柄に関してのキャパシティの小ささを知る。
「それは…そうかもしれません。けど…」
「けど?」
「俺も千彩が可愛いんです。わかってください。死んだ女の忘れ形見なんです」
「それ、親のエゴってやつじゃないんですか?」
「それは…」
「ちょっと、メーシー言い過ぎやて」
「ケイ坊は黙って」
ピシャリと一刀両断され、恵介までも口を閉ざした。
一体誰が当事者なのだ?と、本来当事者であるはずの晴人は、やはりいつまでも傍観者だった。
「僕の母親がね、そうゆう人だったんです。父を早くに亡くしたものですから、僕は母に溺愛と言っても過言ではないほどに愛されて育ちました」
意外な告白に、吉村がじっと耳を傾けている。
「母の期待に応えたい一心で、ずっとイイコのフリをしてきました。嘘くさい笑顔はその名残です」
ふっと自嘲気味に笑うメーシーに、いつもの緩やかな笑みはもう無くて。どこか遠くを見るような目をして、淡々と言葉を続けている。それが何だか痛々しかった。
「僕が本心を言えるのは、今も昔もたった一人だけです。それ以外には、どうしても自分を曝け出すことが出来ないんです。それがたとえ心底好きになった相手でも、怖くてなかなか言い出せない」
謎だらけのメーシーの昔話に、晴人も恵介も、吉村までもが興味深げに耳を傾ける。
「吉村さんからしてみれば、千彩ちゃんは母親を早くに亡くした「可哀想な娘」かもしれませんけどね?本人はどうでしょうかね。果たして本人も自分を「可哀想な娘」だと思ってるんでしょうか」
そこまで言い切り、メーシーはグラスの中の氷をカランと一回しした。その音と、吉村がハッと短く息を呑む音が重なる。
「俺は…あいつが可愛いてしゃあないんです」
「わかってますよ。あの広告一枚を手がかりに、こうして彼女を探し出したくらいですから」
「俺が…俺が言葉も、字も、生活に関するあれこれも…俺が全部教えて、漸くここまで大きいしたんです。それやのに…」
涙ぐむ吉村に釣られて、隣に座る恵介までもがグスリと鼻を啜っている。人一倍情に脆く、人一倍心優しい。そんな友人を、こんな状況下ながら改めて自慢に思う。
「彼女の幸せは彼女が自らの手で掴み取るものであって、誰かに任せるものじゃない。選択権は彼女にあるんじゃないですか?それをサポートするのが僕達大人の役目だと思うんですが」
ポンッと背中を叩かれ、不意に渦中に引き戻される。何か言葉を出そうにも、あまりに突然のことに選びきれなくて。
一度落ち着くためにアイスコーヒーを飲み、ふぅっと息を吐いた。
「吉村さん、あの…」
「ちー坊が、千彩が言うてました。キスは大好きな人同士がするもんやって。せやから自分らはいっぱいするんやて」
「えっと…それは…」
「この期に及んでまだ逃げる気?これ以上はさすがに許さないよ?」
言い淀む晴人に、とうとうメーシーの堪忍袋の緒が切れた。完全に目が据わってしまったメーシーが、徐に晴人の胸倉を掴んで睨みつける。
「いや、メーシー。ちょっと、ちょっと待って」
「待って?ヤダね。だいたい誰と誰が話するためにここに来たと思ってんの?わかってんの?」
「わかってる。わかってるから」
「わかってねーじゃん。だからさっきから黙りこくってんだろ?言ってやれよ!千彩に惚れてるって。責任取るから一緒に暮らさせてくれって。カッコつけてんじゃねーよ!」
ふんっと鼻を鳴らしたメーシーは、相当におかんむりで。どこを一番にフォローしようか迷う晴人をよそに、今度は恵介が閉ざしていた口を開いた。
「吉村さん。あの…こいつ、ホンマにええ奴なんですわ。俺、高校からずっと一緒におるんですけど、カッコええし頭ええしでクラスの人気者でね。何させても上手いことしよるし、誰にだって優しいし。今になってもそれは変わらへんし、カメラの腕だってピカイチなんですよ。なんぼも賞獲ってるし、こいつに撮ってもらいたい言うモデルなんかよーさんおって…それで…」
涙ぐみながら必死に熱弁する恵介を見て、とうとう吉村が笑い始めた。それはもう、豪快に声を上げて。
「お待たせしてすみません」
「いえいえ。こっちこそ急に押しかけてすんませんでした」
「あの…千彩は?」
会いたいのだ。
会って、一秒でも早く抱き締めたい。
腕の中にあるはずの温もりを探すように、晴人はギュッと腕を抱いた。
「それが…その…」
「何かあったんですか?」
「いえ、そうやなくて…」
言い淀む吉村が歯痒い。早く返してくれ!と、そんな自分勝手な言い分が、気を許せば口を突いて出そうになる。
「HALさん、あのー…」
チラリ、と吉村が二人の友人を見遣る。訝しげに見つめる恵介と、それとは対照的ににっこりと笑みをみせるメーシー。千彩の希望で一緒に連れて来たのだけれど、吉村からすれば単なる部外者だ。
「すみません、余計な者まで」
「いやっ、それは構いませんのやけど…」
「何なら僕らは席を外しましょうか?」
「いやいや、どうぞおってください。お二人にもお尋ねしたいことが…」
こういった時のメーシーの笑みは、変に威圧感がある。その筋の人にもそれは通用するのだろうか…と、晴人はどこか他人事のようにそれを傍観していた。
「僕らに?何でしょう?」
「いや、あのー…」
「すみません。僕も人が悪いですよね。わかってますよ」
「え?」
「僕らに尋ねたい事。彼と千彩ちゃんとの関係、ですよね?」
傍観者と化していた晴人が、その言葉にピクリと反応する。メーシーにはどうやらそれが可笑しかったらしく、クスクスと小さく笑い声を漏らしていた。
「何笑うてんの、メーシー」
「いや、やけに素直だなーって思って。そんなに驚いた?」
「まぁ…そこそこ」
そんなやり取りを黙って聞いていた恵介が、おずおずと言葉を送り出す。
「お兄様、あのー…」
「あぁ、はい。何でしょう、スタイリストさん」
「あぁ、三倉です。三倉恵介と言います」
「あっ、すんません。ほな改めて…三倉さん、どうしはりました?」
「あの…ちーちゃん…いや、千彩ちゃんを連れて帰るんですよね?」
「ええ、はい。そのつもりです」
「それに…ちーちゃんは納得したんですか?」
そうだ、忘れていた。こいつは難しいことが苦手な分、こうしていきなりズバリと核心を突く奴だった。
慌てて止めようにも、もう既に言葉は吉村に届いてしまっていて。複雑そうに苦笑いをみせた吉村が、ポツリ、と零した。
「好きや、言うてました。大好きやて」
千彩から発せられる音とは違う何とも悲しげなその「大好き」の音に、胸の奥がグッと締め付けられる気がした。
「帰りたない、言うんですわ。どうしても一緒がええて」
「だったら…」
「でも、そうゆうわけにはいかんのです。ガキの我が儘なんですわ。よぉしてくれはったから、懐いとるから離れたないだけなんですわ」
ズバリ、と不安を突かれた気がした。それだけでもう晴人の心は、原形がわからないほどに掻き乱される。
冷静に、冷静に。と思えば思うほど、深みに嵌まって行くのがわかる。
「それ、どうなんですかね?吉村さんがそう思いたいだけじゃないんですか?」
にこにこと笑いながら出されたメーシーの言葉には、明らかに棘が含まれていて。普段ならばそれを制して自分がフォローの言葉を紡ぐのだけれど、今はその言葉さえ選べない。改めて自分のこういった事柄に関してのキャパシティの小ささを知る。
「それは…そうかもしれません。けど…」
「けど?」
「俺も千彩が可愛いんです。わかってください。死んだ女の忘れ形見なんです」
「それ、親のエゴってやつじゃないんですか?」
「それは…」
「ちょっと、メーシー言い過ぎやて」
「ケイ坊は黙って」
ピシャリと一刀両断され、恵介までも口を閉ざした。
一体誰が当事者なのだ?と、本来当事者であるはずの晴人は、やはりいつまでも傍観者だった。
「僕の母親がね、そうゆう人だったんです。父を早くに亡くしたものですから、僕は母に溺愛と言っても過言ではないほどに愛されて育ちました」
意外な告白に、吉村がじっと耳を傾けている。
「母の期待に応えたい一心で、ずっとイイコのフリをしてきました。嘘くさい笑顔はその名残です」
ふっと自嘲気味に笑うメーシーに、いつもの緩やかな笑みはもう無くて。どこか遠くを見るような目をして、淡々と言葉を続けている。それが何だか痛々しかった。
「僕が本心を言えるのは、今も昔もたった一人だけです。それ以外には、どうしても自分を曝け出すことが出来ないんです。それがたとえ心底好きになった相手でも、怖くてなかなか言い出せない」
謎だらけのメーシーの昔話に、晴人も恵介も、吉村までもが興味深げに耳を傾ける。
「吉村さんからしてみれば、千彩ちゃんは母親を早くに亡くした「可哀想な娘」かもしれませんけどね?本人はどうでしょうかね。果たして本人も自分を「可哀想な娘」だと思ってるんでしょうか」
そこまで言い切り、メーシーはグラスの中の氷をカランと一回しした。その音と、吉村がハッと短く息を呑む音が重なる。
「俺は…あいつが可愛いてしゃあないんです」
「わかってますよ。あの広告一枚を手がかりに、こうして彼女を探し出したくらいですから」
「俺が…俺が言葉も、字も、生活に関するあれこれも…俺が全部教えて、漸くここまで大きいしたんです。それやのに…」
涙ぐむ吉村に釣られて、隣に座る恵介までもがグスリと鼻を啜っている。人一倍情に脆く、人一倍心優しい。そんな友人を、こんな状況下ながら改めて自慢に思う。
「彼女の幸せは彼女が自らの手で掴み取るものであって、誰かに任せるものじゃない。選択権は彼女にあるんじゃないですか?それをサポートするのが僕達大人の役目だと思うんですが」
ポンッと背中を叩かれ、不意に渦中に引き戻される。何か言葉を出そうにも、あまりに突然のことに選びきれなくて。
一度落ち着くためにアイスコーヒーを飲み、ふぅっと息を吐いた。
「吉村さん、あの…」
「ちー坊が、千彩が言うてました。キスは大好きな人同士がするもんやって。せやから自分らはいっぱいするんやて」
「えっと…それは…」
「この期に及んでまだ逃げる気?これ以上はさすがに許さないよ?」
言い淀む晴人に、とうとうメーシーの堪忍袋の緒が切れた。完全に目が据わってしまったメーシーが、徐に晴人の胸倉を掴んで睨みつける。
「いや、メーシー。ちょっと、ちょっと待って」
「待って?ヤダね。だいたい誰と誰が話するためにここに来たと思ってんの?わかってんの?」
「わかってる。わかってるから」
「わかってねーじゃん。だからさっきから黙りこくってんだろ?言ってやれよ!千彩に惚れてるって。責任取るから一緒に暮らさせてくれって。カッコつけてんじゃねーよ!」
ふんっと鼻を鳴らしたメーシーは、相当におかんむりで。どこを一番にフォローしようか迷う晴人をよそに、今度は恵介が閉ざしていた口を開いた。
「吉村さん。あの…こいつ、ホンマにええ奴なんですわ。俺、高校からずっと一緒におるんですけど、カッコええし頭ええしでクラスの人気者でね。何させても上手いことしよるし、誰にだって優しいし。今になってもそれは変わらへんし、カメラの腕だってピカイチなんですよ。なんぼも賞獲ってるし、こいつに撮ってもらいたい言うモデルなんかよーさんおって…それで…」
涙ぐみながら必死に熱弁する恵介を見て、とうとう吉村が笑い始めた。それはもう、豪快に声を上げて。