Secret Lover's Night 【完全版】
「参った。参りましたわ」

くしゃりと顔を緩ませ、その笑い声でついさっきまであったはずの緊張感を吉村は容易く吹き飛ばす。

あぁ、こうゆうところが千彩にそっくりだ。と、片方に荒れた友人、もう片方に涙ぐむ友人を抱えた晴人は密かに笑みを零した。

一頻り笑った後の吉村は、今までとは打って変わってにこにこと笑っていて。まるで今朝事務所に来た時のようだ。と、数時間前の出来事を懐かしんだ。

「いやぁ。ええお友達持ってはりますな、ハルトさんは」
「え?名前…」
「あぁ、ちー坊が教えてくれたんですわ。これを呼んでええのは自分とケーチャン?やったかな?その人だけや言うて嬉しそうに」
「けーちゃん…ですね。こいつです」
「ああっ!三倉さんがケーチャンやったんですね。何やちー坊がよぉさん物買うてもろたみたいですんません。ちゃんとお支払いしますんで」
「えっ…いや、いいです、大丈夫です」

小さく胸の前で両手を振る恵介が、この中で断トツ千彩に貢いでいる人物で間違いない。服や靴だけでなく、退屈させるのは可哀想だ!と、ポータブルゲーム機やそのソフトまでせっせと買い与えたのだから。

恵介にとっても同じなのだ。千彩は可愛い妹のようで、出来れば傍から離したくはない。そうしてくれるのならば、いくらだって晴人に協力する気でいた。
大前提として、晴人が自分の親友だからということがあってなのだけれど。

それを晴人は知っている。十二分に理解しているからこそ、未だ涙腺が緩みっぱなしでグスリと鼻を啜る恵介の背中をポンポンと叩き、きちんと感謝の気持ちを述べた。

「もう泣きな。わかったから。お前の気持ちは十分わかった。ありがとうな?」
「せーと…」
「は・る・と、な」

そう。最後にこれがなければ完璧だったのに。

そんなことを思いながら、今度は不機嫌に腕組みをしながら自分達を見つめているメーシーに向き直り、一呼吸置く。そして、ニヤリと口角を上げて笑んだ。

「何?その笑い」
「アイツやろ」
「何がー?」
「メーシーが惚れとる相手」
「何の話だろ。俺にはわかんないなー」

得意の笑顔でとぼけるメーシーの背中をバシンと叩き、こちらにも改めてお礼を。

「ありがとうな、メーシー」
「ホント世話が焼けるよ。とんだ王子様だ」
「ははは。今度ちゃんと礼するやん」
「じゃあ、姫を一日レンタルさせてくれる?可愛くメイクしてデートしたいなー」
「それは無理」
「言うと思った。じゃあメシで我慢したげる」

いつもの調子が、少しずつ晴人の頭を冷静に戻して行く。良い友人を持った。と、今更ながら誇りに思う。

最後に改めて吉村に向き直り、一つ大きく息を吸って言葉を押し出した。

「吉村さん、あの…僕何て言うたらええのか…」

大きく息を吸い、そして吐き出す。二度ほどそれをして、漸く躊躇っていた言葉が出た。

「何て言うか…正直よくわからんかったんです、自分でも。でも、一緒に暮らしてて、段々と自分が変わってくのがわかって…それが嬉しかったし、幸せやと思いました」

ゆっくりと、自分の想いを噛みしめるように言葉にする。


「俺、千彩に惚れてます。ちゃんと責任持ちますんで、どうかこのまま一緒に暮らさしてください。お願いします」


深々と頭を下げ掛かるだろう言葉を待つのだけれど、暫く待ってみても何の音沙汰もなくて。不信に思い顔を上げると、目の前の吉村が、それはそれは盛大に顔を歪ませ泣いていた。

「いや…すんません。どうもこう…何て言うか…」
「俺、あいつと離れたくないんです。どうしても傍に置いておきたいんです。ちゃんと生活の面倒はみますし、責任持ちますんで。どうかお願いします」
「いやー…何て言うか…娘を嫁にやるような思いで…何ともこう…嬉しいやら寂しいやらで…」

そのまま言葉を詰まらせた吉村の表情は、どこからどう見ても立派に父親のそれだった。
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