Secret Lover's Night 【完全版】
乗り込んだタクシーの中で「忘れ物は…」と確認するサナの鞄の中を、ハルが隣から覗き込む。
隠すどころか、サナは堂々とハルの膝の上に取り出した荷を置き始めた。
「これだけ?」
「そう」
「どれが一番大事?」
「んーっと」
見つめ合い、プッと噴き出す。まだ本名を名乗り合ってもいない者同士なのだけれど、不思議と穏やかな時間が流れ始めていた。
充電の切れた携帯電話と、小さなうさぎのぬいぐるみ。それを収納していた小さな鞄と、乱雑に放り込まれた何十枚かのお札。それがサナの荷物の全てだった。
それを大事そうに抱え、サナは嬉しそうに笑う。着替えも履く物もない、まさに「着のみ着のまま」の状態で、あまつさえ見ず知らずの男に連れられているというのに。
それでも、サナは嬉しそうに笑っていた。
「どこ行くのかなー?」
そう笑うサナの手をギュッと握り、俯きながらハルは「さて、どこでしょう」と笑った。
10分程度の道程を、黙って手を繋ぎながら揺られる。
「もう着くよ、サナちゃん。あ、その角で停めてください」
「あっ、これ」
「いやいや。タクシーで一万円札なんか出したあかんで」
「あかんの?」
「そう、あかんの。おっちゃんこれで。釣りええから」
「はい、どうも」
引っ張り出され、「そんなん知らんかったー」と、感嘆の声を漏らすサナ。今度はそんなサナの手を引いて、ハルが先導役を務める。
夜中、までとはいかない時間帯。
薄明かりの電灯がいくつか並ぶ暗闇を抜け、目的地に辿り着いた。
「はい、どうぞ」
「おっ、お邪魔します」
「どうした?」
「ここ…電気は?」
恐る恐る尋ねるサナの頭をくしゃりと撫で、後ろ手に扉を閉めたハルが暗がりで八重歯を覗かせる。
「電気は、お金を払っていないので点きません」
「えぇっ!?」
「ははっ。嘘」
手を伸ばしてカチリと玄関の間接照明のスイッチを入れると、サナはゆっくりとそれを見上げ、不思議そうに首を傾げた。
「どないした?」
「暗いね」
「おぉ。間接照明やからな、まぁ、サナちゃんの住んでた部屋よりは明るいやろ」
くしゃくしゃとサナの頭を撫でながらハルは思う。この子は何故あんなところに居たのだろうか、と。
見つけた場所は、時々顔を出すキャバクラの入っているビルとその隣のビルの間だった。何気なく視線を遣ったそこに、白いドレスを着て雨の中蹲る「ナニカ」が居た。
声を掛けると跳ねるように振り向き、そして、何も言わず手を引いてあのビルへと導いた。到底暮らしが成り立つような場所ではないあの暗くて湿っぽいビルの中で、埃臭いソファをベッドにモグラよろしく寝起きしていたのだ、この子は。
そこで、思考がプツリと途絶える。大切なことを思い出したのだ。
「サナちゃん、風呂入ろう、風呂!」
自分の着ていたジャケットを着せてはいたものの、ずぶ濡れになるまで雨に打たれていたのだ。風邪を引いてしまうかもしれない。そのために連れて来たのに!と、慌てて手を引いて浴室へと導こうとした。
が、うんっ…と足を踏ん張るサナにハルは首を傾げる。
「やっぱ…帰る」
「どないしたん?何か嫌やった?」
「何か…良くないと思う」
「良くない?」
「オニーサンは、「サナ」のお客さんじゃない…から」
そう言ったきり蹲って俯いたサナの手を離し、ハルは無言で部屋の中へと足を進めた。クローゼットを開き、奥にしまい込んでいた小ぶりの箱を手にしてまた無言で玄関へと戻る。
「これで足りるか?買うてほしいなら買うたるわ。好きな値段言い」
意地の悪い言い方だっただろうか。
蓋を開き、俯いたままのサナの前へと差し出したその箱。その中には、数十…いや、100は超えるだろう枚数のお札がきっちりと揃えて収められている。
「俺な、ハルってゆうんや。晴天の「晴」って書いてハル。「サナ」ちゃん、君の名前は?」
同じようにしゃがみ込んだ晴は頭を抱えたままのサナの手を取り、そのまま体を引き寄せる。抱き締めてゆっくりと背を上下に擦ると、まるで子供をあやすかのようなその動きに安心したのか、そっと顔を上げ小さな声でサナは言った。
「ちさ。千を彩るって書いてちさ」
晴の肩口にぴったりと額を付け、離れまいと千彩は擦り寄る。背に腕を回し、そのままギュッと抱きついた。
「千彩」
「はい」
「千彩」
「ん…はい?」
「千彩」
「何?何ですか?」
何度も名を呼ばれ、恥ずかしくなった千彩が密着を解いてふくれっ面をしながら顔を上げる。その隙に…と、晴の薄い唇が千彩のふくれて突き出したそこにそっと触れた。
隠すどころか、サナは堂々とハルの膝の上に取り出した荷を置き始めた。
「これだけ?」
「そう」
「どれが一番大事?」
「んーっと」
見つめ合い、プッと噴き出す。まだ本名を名乗り合ってもいない者同士なのだけれど、不思議と穏やかな時間が流れ始めていた。
充電の切れた携帯電話と、小さなうさぎのぬいぐるみ。それを収納していた小さな鞄と、乱雑に放り込まれた何十枚かのお札。それがサナの荷物の全てだった。
それを大事そうに抱え、サナは嬉しそうに笑う。着替えも履く物もない、まさに「着のみ着のまま」の状態で、あまつさえ見ず知らずの男に連れられているというのに。
それでも、サナは嬉しそうに笑っていた。
「どこ行くのかなー?」
そう笑うサナの手をギュッと握り、俯きながらハルは「さて、どこでしょう」と笑った。
10分程度の道程を、黙って手を繋ぎながら揺られる。
「もう着くよ、サナちゃん。あ、その角で停めてください」
「あっ、これ」
「いやいや。タクシーで一万円札なんか出したあかんで」
「あかんの?」
「そう、あかんの。おっちゃんこれで。釣りええから」
「はい、どうも」
引っ張り出され、「そんなん知らんかったー」と、感嘆の声を漏らすサナ。今度はそんなサナの手を引いて、ハルが先導役を務める。
夜中、までとはいかない時間帯。
薄明かりの電灯がいくつか並ぶ暗闇を抜け、目的地に辿り着いた。
「はい、どうぞ」
「おっ、お邪魔します」
「どうした?」
「ここ…電気は?」
恐る恐る尋ねるサナの頭をくしゃりと撫で、後ろ手に扉を閉めたハルが暗がりで八重歯を覗かせる。
「電気は、お金を払っていないので点きません」
「えぇっ!?」
「ははっ。嘘」
手を伸ばしてカチリと玄関の間接照明のスイッチを入れると、サナはゆっくりとそれを見上げ、不思議そうに首を傾げた。
「どないした?」
「暗いね」
「おぉ。間接照明やからな、まぁ、サナちゃんの住んでた部屋よりは明るいやろ」
くしゃくしゃとサナの頭を撫でながらハルは思う。この子は何故あんなところに居たのだろうか、と。
見つけた場所は、時々顔を出すキャバクラの入っているビルとその隣のビルの間だった。何気なく視線を遣ったそこに、白いドレスを着て雨の中蹲る「ナニカ」が居た。
声を掛けると跳ねるように振り向き、そして、何も言わず手を引いてあのビルへと導いた。到底暮らしが成り立つような場所ではないあの暗くて湿っぽいビルの中で、埃臭いソファをベッドにモグラよろしく寝起きしていたのだ、この子は。
そこで、思考がプツリと途絶える。大切なことを思い出したのだ。
「サナちゃん、風呂入ろう、風呂!」
自分の着ていたジャケットを着せてはいたものの、ずぶ濡れになるまで雨に打たれていたのだ。風邪を引いてしまうかもしれない。そのために連れて来たのに!と、慌てて手を引いて浴室へと導こうとした。
が、うんっ…と足を踏ん張るサナにハルは首を傾げる。
「やっぱ…帰る」
「どないしたん?何か嫌やった?」
「何か…良くないと思う」
「良くない?」
「オニーサンは、「サナ」のお客さんじゃない…から」
そう言ったきり蹲って俯いたサナの手を離し、ハルは無言で部屋の中へと足を進めた。クローゼットを開き、奥にしまい込んでいた小ぶりの箱を手にしてまた無言で玄関へと戻る。
「これで足りるか?買うてほしいなら買うたるわ。好きな値段言い」
意地の悪い言い方だっただろうか。
蓋を開き、俯いたままのサナの前へと差し出したその箱。その中には、数十…いや、100は超えるだろう枚数のお札がきっちりと揃えて収められている。
「俺な、ハルってゆうんや。晴天の「晴」って書いてハル。「サナ」ちゃん、君の名前は?」
同じようにしゃがみ込んだ晴は頭を抱えたままのサナの手を取り、そのまま体を引き寄せる。抱き締めてゆっくりと背を上下に擦ると、まるで子供をあやすかのようなその動きに安心したのか、そっと顔を上げ小さな声でサナは言った。
「ちさ。千を彩るって書いてちさ」
晴の肩口にぴったりと額を付け、離れまいと千彩は擦り寄る。背に腕を回し、そのままギュッと抱きついた。
「千彩」
「はい」
「千彩」
「ん…はい?」
「千彩」
「何?何ですか?」
何度も名を呼ばれ、恥ずかしくなった千彩が密着を解いてふくれっ面をしながら顔を上げる。その隙に…と、晴の薄い唇が千彩のふくれて突き出したそこにそっと触れた。