Secret Lover's Night 【完全版】
甘えて晴人にベッタリとくっつく千彩に、「あらあら」と母が嬉しそうに微笑む。そんな様子を羨ましげに見つめる有紀にベッと小さく舌を出し、晴人は持ち帰った紙袋の中身を尋ねた。

「また服?」
「かわいーのあったんやって」
「そんな服ばっか要らんわ。恵介が嫌ほど作っとる言うとるやろ」
「カリカリしぃなや。ちっちゃい男やな」

我が姉ながら無遠慮極まりない。と、再びこめかみ辺りがズキンと痛んだ。それを見逃さなかった千彩が、そっと晴人の眉間に手を伸ばす。

「怒った?」
「大丈夫。マリもよぉさん買うて来てくれとったで」
「マリちゃんが?」
「そう、マリちゃんが。せっかく広いクローゼットやったのに、恵介とマリのせいでもういっぱいやわ。あ、部屋引っ越したんやで」
「なんで?」
「事務所の近くにしたんや。前より部屋増えたから、恵介やメーシーが来ても皆でゆっくり出来るで」
「電気付けた?」
「電気?あぁ、前より明るくしてるで」

壁の間接照明だけだった以前の部屋とは違い、今回はきちんと主照明を付けている。色温度も高くしてあるので、あの薄暗さとは雲泥の差だ。
それに合わせてカーテンやラグなどの色も明るめに変えたので、部屋全体がやけに明るい。初めはそれに違和感を感じたけれど、一か月も経てば慣れるものだ。

良かった!とギュッと抱き付いた千彩の頭を目を細めて撫でたものの、周りの冷たい視線に気付く。ゴホンと一度咳払いをし、尚も甘えようとする千彩にぬいぐるみを押し付けた。

「ちょっと待ってな?」
「んー!」

うるうると瞳を潤ませる千彩の頭を撫でると、今度は母がよしよしと千彩の頭を撫でた。

「ままぁ」
「照れてるんよ、きっと」
「なんで?」
「んー…大人やから?」
「大人ってへんなのー」

ぶぅっと頬を膨らせ、ぬいぐるみを抱えた千彩はじっと黙り込んだ。これは後のご機嫌取りが大変そうだ。と眉根を寄せる晴人の耳に、ソファで寛ぐ父と吉村の豪快な笑い声が届く。

「売れっ子カメラマンも、嫁さんの前ではただの男やな」
「カメラマンちゃう。フォトアーティストや!」
「どっちでも一緒や。はよ嫁に貰え。その方が吉村君も安心や。なぁ?」
「そうですねぇ。そりゃ安心ですわ」
「ねー、よめさんって誰?」

些か発音の違う言葉の繰り返しをした千彩が、ちょんと椅子から飛び降り、ぬいぐるみを抱えたまま二人に歩み寄る。そんな千彩の頭を、今度は父がよしよしと撫でた。

「嫁さんってのはな、奥さんのことや」
「おくさん?」
「せや。ママのことや。ママはパパと結婚して、パパの奥さんになったんや。わかるか?」
「ママのこと?ママがおくさん?ん?」
「せやなぁ…ちーちゃんがママになるんや。晴人の奥さんになるんやで」
「ちさが?」
「せや。ちーちゃんが晴人と結婚したら、ちーちゃんは晴人の奥さんや。嫁に貰え言うのは、早くちーちゃんと結婚しろ言うことや」

あの父がこうまでなるとは…と、目を瞠らせたのは晴人だけではない。向いに座っていた有紀までもが、複雑そうに顔を顰めていた。
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