Secret Lover's Night 【完全版】
ポツンと二人で残され、何だか気恥ずかしささえ感じる。
千彩と出逢って半年と少し。何かとドタバタと時間が過ぎ、こうして二人でゆっくりと向き合うことも随分と久しぶりのような気がする。

「なぁ、晴人」
「ん?」
「おっちゃんら元気やったか?」
「は?おぉ、相変わらずや」
「そっか…」

ポツリ、と恵介が遠慮気味に言葉を押し出す。

学生時代、よく恵介を家に連れ帰った。連れ帰ったと言うよりも「押しかけて来た」と言う方がしっくりくるのだけれど、母はいつでもあの調子で「いらっしゃい」と恵介を迎え入れ、あの堅物の父も何だかんだと恵介の世話を焼いていたのを覚えている。
二人で上京すると言った時は、仕事や新しい生活のことよりも二人で一緒に居ることを心配された。「お前らは揃って馬鹿息子やからな!」と。

「お前もたまには実家帰れば?」
「えー。晴人に言われたないわ。ちーちゃんがあっち行くまで、実家なんか寄り付きもせんかったくせに」
「ははっ。せやな」

確かに、千彩の世話を頼むようになるまでは、実家には年に一度帰れば良い方だった。
25を過ぎた頃だっただろうか。帰る度に父親に結婚を急かされるようになり、次第に足が遠退いていた。

「はよ結婚せぇ言うてたぞ」
「え?俺?」
「馬鹿息子や言われてたぞ」
「あははっ。おっちゃん相変わらずやなー」

何だか曇りかけていた恵介の表情が、一気に晴れ渡る。
こうして、恵介は時々こんな表情をするのだ。けれどそれは、自分の発する些細な一言をきっかけに一瞬にして晴れ渡る。それを深く問い詰めるつもりはないけれど、気にならないと言えば嘘になってしまうだろう。

「なぁ、恵介…」

遠慮気味に言葉を押し出した晴人の耳に、聞き慣れた足音が届いた。続きを呑み込んで扉の方へと視線を遣ると、やはり胡散臭く微笑んだメーシーがチラリと顔を覗かせる。

「では、姫の登場でーす」

待ってました!と、盛大な拍手を送る恵介とは対照的に、晴人は訝しげに眉を寄せた。そして、視界にゆっくりと入り込んで来た千彩の姿に瞠目する。

「どう?本物のお姫様みたいでしょ?」

あの胡散臭い笑みの理由はこれか…と納得するも、上手く返す言葉が出せない。晴人の目は、微動だにすることなく千彩の姿に釘付けになっていた。
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