Secret Lover's Night 【完全版】
休日だからだろうか。そこは午前中だというのにいつもより賑わいをみせている。
携帯を肩に挟んだ状態で買い物カゴを取ると、幼い女の子が不思議そうにその姿を見上げていた。
その姿が、出掛けに目を輝かせてTV画面に見入っていた千彩の姿と重なって。思わず頬を緩ませて手を振ると、少女は照れくさそうに母親の元へと駆けて行った。
そんな穏やかな気分とは裏腹に、耳に当てたままの小さな機械からは無機質な音が押し出されてくる。
何度目かのコールの後に出た恋人の声は、昨夜の続きとでも言わんばかりの涙声で。視線だけを上向けてふーっと息を吐くと、昨夜よりは幾分か優しめの声を作った。
「寝てた?」
『…起きてた』
「そっか。昨日…ゴメンな?」
『もういい』
「そんなん言うなって。ゴメン」
『ねぇ…今何処に居るの?』
「ん?近所のスーパー」
『スーパー?』
「おぉ。朝メシ作ろう思って」
『珍しい…』
しまった…と、口を閉ざした時にはもう遅かった。そうゆうことか。と、電話口の恋人が疑いをかけ始めたのだ。
『浮気してるんでしょ』
「いや、してないよ?」
『他の女の家に居るんだ。だから昨日電源切ったんでしょ!』
「いやいや、違うって」
『じゃあ何で電源切ったの!?何で朝から買い物してまで朝ご飯作るの!?そもそも今日休み?だったらうちに謝りに来るべきなんじゃないのっ!?』
マシンガンの如く責め立てられ、思わず頭を抱えたくなる。こうなってしまったが最後、相当な労力と時間を割かなければ疑いは晴れない。
今まではそれでも何とかやってきたのだけれど、どうにもこうにもやる気が起きなくて。ずんっと重くなって行く胸の奥に、青果コーナーで冷気にあたりながら出かけたため息を呑み込んだ。
「もう…さ、そうゆうのしんどい」
『何それっ!そっちが悪いんじゃん!』
「疲れたわ。もう…別れたい」
『はぁっ!?』
「ゴメン」
『やっぱ他に女がいるんでしょ!』
「もう何でもええわ。そう思うんやったら思ってて」
『別れないから!』
「いや、もう別れて。仕事忙しいし、いちいち構ってられん。それに、もう気持ち離れたから無理やわ。ゴメン」
一方的に別れを告げ、再び電源を落とした携帯をポケットに押し込む。
目覚めた時の柔らかな優しさは、もう微塵も胸の奥に残ってはいなかった。
じわじわと侵食してくる心の倦怠感が、心臓を中心に全身へと広がる感じさえする。
鈍い頭痛に顔を顰めると、ギュッとTシャツの裾が引かれ下方から小さな声が聞こえた。
「おにーちゃん」
「ん?あぁ、さっきの」
「これ」
「どしたん?これ」
「ままがかってくれた」
「良かったやん」
「ひとつあげる」
「俺に…くれるん?」
「うん。あげる」
「そっか。ありがとう」
「ばいばーい」
「バイバイ」
少女が差し出したのは、出掛けに千彩が見入っていたアニメの主人公がパッケージに描かれたプリンで。苦笑いでそれを受け取ると、満面の笑みで大きく手を振る少女に手を振り返し、少し離れた場所でその様子を見ていた母親に晴はペコリと頭を下げた。
ご丁寧に店のシールが貼られているところをみると、あの小さな少女が懸命に母親に説明したのだろう。その姿を思い描くと、自然と頬が緩む。
それが出掛けに見た千彩の姿と重なり、手早くスーパーの中を回ると、足早に岐路についた。
扉を開くと、「おかえりー!」と駆けて来る姿がある。それだけで、もう十分に心は温まって。
擦り寄ってくる頭を撫でながら、大人の憂欝をため息に変えて吐き出した。
携帯を肩に挟んだ状態で買い物カゴを取ると、幼い女の子が不思議そうにその姿を見上げていた。
その姿が、出掛けに目を輝かせてTV画面に見入っていた千彩の姿と重なって。思わず頬を緩ませて手を振ると、少女は照れくさそうに母親の元へと駆けて行った。
そんな穏やかな気分とは裏腹に、耳に当てたままの小さな機械からは無機質な音が押し出されてくる。
何度目かのコールの後に出た恋人の声は、昨夜の続きとでも言わんばかりの涙声で。視線だけを上向けてふーっと息を吐くと、昨夜よりは幾分か優しめの声を作った。
「寝てた?」
『…起きてた』
「そっか。昨日…ゴメンな?」
『もういい』
「そんなん言うなって。ゴメン」
『ねぇ…今何処に居るの?』
「ん?近所のスーパー」
『スーパー?』
「おぉ。朝メシ作ろう思って」
『珍しい…』
しまった…と、口を閉ざした時にはもう遅かった。そうゆうことか。と、電話口の恋人が疑いをかけ始めたのだ。
『浮気してるんでしょ』
「いや、してないよ?」
『他の女の家に居るんだ。だから昨日電源切ったんでしょ!』
「いやいや、違うって」
『じゃあ何で電源切ったの!?何で朝から買い物してまで朝ご飯作るの!?そもそも今日休み?だったらうちに謝りに来るべきなんじゃないのっ!?』
マシンガンの如く責め立てられ、思わず頭を抱えたくなる。こうなってしまったが最後、相当な労力と時間を割かなければ疑いは晴れない。
今まではそれでも何とかやってきたのだけれど、どうにもこうにもやる気が起きなくて。ずんっと重くなって行く胸の奥に、青果コーナーで冷気にあたりながら出かけたため息を呑み込んだ。
「もう…さ、そうゆうのしんどい」
『何それっ!そっちが悪いんじゃん!』
「疲れたわ。もう…別れたい」
『はぁっ!?』
「ゴメン」
『やっぱ他に女がいるんでしょ!』
「もう何でもええわ。そう思うんやったら思ってて」
『別れないから!』
「いや、もう別れて。仕事忙しいし、いちいち構ってられん。それに、もう気持ち離れたから無理やわ。ゴメン」
一方的に別れを告げ、再び電源を落とした携帯をポケットに押し込む。
目覚めた時の柔らかな優しさは、もう微塵も胸の奥に残ってはいなかった。
じわじわと侵食してくる心の倦怠感が、心臓を中心に全身へと広がる感じさえする。
鈍い頭痛に顔を顰めると、ギュッとTシャツの裾が引かれ下方から小さな声が聞こえた。
「おにーちゃん」
「ん?あぁ、さっきの」
「これ」
「どしたん?これ」
「ままがかってくれた」
「良かったやん」
「ひとつあげる」
「俺に…くれるん?」
「うん。あげる」
「そっか。ありがとう」
「ばいばーい」
「バイバイ」
少女が差し出したのは、出掛けに千彩が見入っていたアニメの主人公がパッケージに描かれたプリンで。苦笑いでそれを受け取ると、満面の笑みで大きく手を振る少女に手を振り返し、少し離れた場所でその様子を見ていた母親に晴はペコリと頭を下げた。
ご丁寧に店のシールが貼られているところをみると、あの小さな少女が懸命に母親に説明したのだろう。その姿を思い描くと、自然と頬が緩む。
それが出掛けに見た千彩の姿と重なり、手早くスーパーの中を回ると、足早に岐路についた。
扉を開くと、「おかえりー!」と駆けて来る姿がある。それだけで、もう十分に心は温まって。
擦り寄ってくる頭を撫でながら、大人の憂欝をため息に変えて吐き出した。