黒猫のアリア
『今夜、日付が変わる頃
敬愛すべきクイーン・アイの元に参上いたします
どうか静寂と共に迎えてくれますよう……』
白々しいメッセージが書かれたカードには、一ペンス硬貨が添えられていた。
***
たたたたた……。時折飛び跳ねながら、屋根の上を駆ける。
今夜の獲物はクイーン・アイという名の美しい翡翠。手のひらほどの大きさもある、素晴らしい輝きを持った宝石だ。いつもは博物館の中央ホールに展示されているはずである。しかし夜明け前に届けた予告状のせいで、宝石が普段の場所に置いてある可能性は低かった。警備隊が余程のバカでなければ、今頃はその場所にダミーの宝石が置かれていることだろう。
さて、どうやって忍び込むか……。
考えながら夜のロンドンの街を駆けていると、音もなく近づいてくる気配があった。ばっと振り向き暗闇に目を凝らす。隣の家の屋根からひょいと現れたのは、モルペウスだった。
「やっほーコインちゃん」
間の抜けた声で挨拶をする。鼻より上を隠した彼の仮面の下は笑顔である。
警備隊ではなかったことにほっと肩を下ろし、いつものように返事をする。
「モル。毎度毎度、あんたはどうやって私を見つけてるの」
「んー、恋のアンテナ?」
えへ。なんて肩を竦めて見せても、ちっとも可愛くなんかない。なんなんだこの男は。
「バカなこと言ってないで。私、今日はこれから仕事なの。あんたと話してる暇はないのよ」
ひらひらと手を振ってから走り出した私に、モルは併走するようにして付いて来た。