黒猫のアリア
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タン、わざと響かせた靴音にモルペウスが振り返った。私は驚いてはっと息を呑む。その顔に仮面が付いていなかったから。初めて見るモルペウスの素顔。清涼な空気をまとった、品のある青年だった。透き通る青い瞳が私を見つけて細くなる。
「お疲れさま。お目当てのものは手に入った?」
普段となんら変わらない口調。私は目を細めて彼を見つめた。
「……どういうつもり?」
何が? とでも言いたげにモルペウスが首を傾げる。
「どうして仮面を取ってるの」
警戒心をあらわに問う。彼が何を考えているのかまったくわからなかった。
モルペウスは思い出したように声を上げて、いつものように笑った。
「もうきみに見られちゃったからね。僕のほんとの顔」
言っている意味がわからない。私は彼の素顔など、今まで一度だって見たことはなかった。もちろん彼だって私が仮面を取ったところは見たことがないはずだ。
怪訝な顔の私にくすりと笑って、彼は私を隣に座るよう促した。首を横に振ってそれを拒否する。
「つれないなあ、コインちゃんは」
苦笑い。私を隣に座らせることは諦めたのか、彼は座ったまま私と反対側に広がるロンドンの街を見つめながら話し始めた。