黒猫のアリア
「"憎い"……?」
呆然と呟く。青く暗い瞳が私を見つめていた。
「コインちゃんは違うんだろうね。そんなこと考えたこともないって顔してる。でもねコインちゃん、"憎しみ"っていうのは、人が行動を起こす理由として、よくある感情なんだよ」
モルペウスが私を安心させるように口元に笑みを浮かべる。だがその瞳は少しも笑っていなかった。
「本当の金持ちを、きみは見たことある?」
モルペウスが問う。答えない私を見て、彼はロンドンの街に視線を戻して言葉を続けた。
「生涯使い切ることが出来ないくらいの金を持っているのに、彼らはそれを減らそうとはしないんだ。それどころか更に増やすことばかり考えている。今日の食事に困ってゴミ箱を漁る子供たちを見ても、彼らの生活はこれっぽっちも変わらない」
そんな金持ちを、モルペウスは見てきたというのだろうか。
私はずっと何も言えないままで、彼の後姿を見つめるだけだった。
「金なんて、あるところにはあるんだよ。腐るほどね。それなのに貧しさで苦しんでいるひとが居るなんて、納得できない。俺は金を平等に分配するために"黒猫"になった。現実を諦めかけている子供たちに、夢はあると教えたかった」
私は静かに息を吐いた。モルペウスの話を十分に咀嚼し、飲み下す。何の抵抗もなく、それは私の中にするりと入って落ち着いた。