黒猫のアリア
「きみは?」
わざとなのか、くるりと振り返ったモルペウスがやけに明るい声で訊いた。
「コインちゃんは、どうして黒猫なんかやってんの」
キン、という音が響いたと思ったら、モルペウスがコインを親指で弾いた音だった。大きさからして一ペンス硬貨だろう。
「どうして、一ペンスを名前代わりにしたの」
舞ったコインをぱしっと掴み、問いかける。何も言わない私に、モルペウスは愉しそうににやりと笑って言葉を続けた。
「どうして、あのとき俺にコインを投げたの」
言葉の意味が解らずに一瞬停止した後、記憶の中に思い当たる節を見つけて目を見開く。まさか。
「気づいてたんでしょ? あのピエロが俺だって」
この間のピエロ。仕事以外で初めて見たモルペウス。間抜けで明るい、陽気な道化。
確かに私は気づいていた。あのピエロがモルペウスだということに。でも。
「でも私、一瞬目が合っただけで、そんな……」
それにあのときピエロはとんでもなく不安定な格好で、しっかりと私を見ることなんてできなかったはずだ。だから私はあえてあのタイミングでコインを投げたのだ。ピエロがこちらを見ることがないように。
「俺がコインちゃん判らないわけないじゃん」
それが当然だと言うように苦笑するモルペウス。私は観念して目元の仮面を外し、モルペウスの隣にようやく腰掛けた。