黒猫のアリア
「それにしても、モル」
これで私の話はおしまい、と伝えるためにわざと声の調子を変えて話題を振った。
「ん?」
「あんたどうしてピエロなんてやってたの」
当然の疑問。怪盗という危ない仕事をしているのだから、必要以上に人目に付くことは常識的に考えて避けたいはずだ。
私はモルペウスがなぜ更なるリスクを犯してまでピエロをするのかわからなかった。
すぐに返ってきた彼の答えは簡単明瞭。
「ひとの笑顔が好きなんだ。それだけ」
あんたはどこの慈善家だ、とは思ったが言わないでおいた。
「ふうん……」
抑揚もなく相槌を打つ。すると彼が何かを思い出したように顔を上げた。
「そうだ、コインちゃんに大事な話があるんだよ」
「……なに?」
私には今まで話したことこそが大事な話に思えたのだが。
今日私を呼び出したのはそれが理由じゃなかったのか。
「頼みがあるんだ」
無言のまま頷いて彼の言葉を促す。
「次の仕事を手伝ってもらいたい」
驚いた。今日の彼は、私たちの間にずっと引かれていた一線をことごとく越えていく。
「……内容は?」
口に軽く手を当てて聞き返す。するとモルペウスは口元に笑みを綻ばせ、足元に広がるロンドンの街の一角を指差した。
「あれ」
ピストルのような形をさせた彼の指先が指し示したのは、ロンドンのシンボルとも言うべき時計塔。
呆気に取られる私をよそに、時計塔の針がコチリと動き、深夜一時を告げる鐘の音が鳴り響いた。