黒猫のアリア
怪盗とは夢を運ぶ仕事であると、彼は固く信じている。そのロマンチストぶりには私も辟易しているところだ。
「彼」とは、私の仕事仲間だ。そうは言っても一緒に仕事をすることはまずありえない。ただ単に「同類」という意味での、仕事仲間である。名前はモルペウス。もちろん本名ではない。彼がそう名乗っているだけ。仕事をする前にはお邪魔する場所にメッセージカードと共に白い芥子(ケシ)の花を一輪置くのが彼のこだわり。理由は知らない。
一方私のこだわりはというと、メッセージカードに一ペンス硬貨を添えること。理由は、まあ、わざわざ言うほどのことでもない。だが予想以上に知れ渡ったその習慣から、街の人々は私のことをコインと呼んだ。自分から名乗っていない者にわざわざ名前を付けるとは、ご苦労なことだ。
「ねーコインちゃん、聞いてる?」
くるり、とモルペウスが振り向いた。星が瞬くロンドンの空の下、とある家の屋根の上に私たちは居た。傾斜のある屋根のてっぺんに私は腰掛け、煙突に手を付いてロンドンの街を見下ろすモルペウスの後姿を眺めていた。
「は? ごめん、なんにも聞いてなかった」
はっとして顎についていた手を離すと、モルペウスはむう、と口を尖らせた。
「今日の俺の仕事! 出来、どうだったかなと思って」
どうと言われても。私たちは今日別々に仕事をして来たのだし、私がここで仕事終わりの休憩を取っていたらあんたが勝手に現れただけだし。
「良かったんじゃない? 捕まってないんだから」
仕方なく投げやりな言葉を返す。にもかかわらず、モルペウスは嬉しそうに口角を上げた。
「コインちゃんに褒められるとやる気でるなあ。明日も頑張ろーっと」
はあ? という口をして変態を見るような目つきになってしまった私にモルペウスは気付かない。
引くわー……。このひと、自分が犯罪者だって自覚あるのかしら。