静寂の中の林檎
☆☆☆☆☆☆☆☆
 都会の喧噪から離れ静寂に包まれた森の奥地でナナミは空を見上げた。
「ナナミちゃん。表情、いいね。官能的だ」カメラマンのユキオが言った。その一言に彼女の頬は蒸れた林檎のように赤くなる。
「赤らめた頬も、いいね。画になる」ユキオは女性をのせるのがうまい。でなければカメラマンという一握りの世界は難しそうだ。
 暑い。森の奥地というのは、涼しいとばかり思っていたが、そんなことはないらしい。ワンピース一枚という軽装だが、それでも太陽の活動は留まることを知らない。
「ワンピースの両肩、下に少しずらせない?鎖骨全体を収めたいんだ」とユキオ。
「えっ?」とナナミ。
「ナナミ、素敵だ」
 呼び捨てにされていることに彼女は気づいたが何も言えない。そこに〝男〟を感じてしまったから。
 パシャ。 
 シャッター音がナナミの耳に心地よく響いた。

 ユキオとは偶然知り合った。
 彼氏と大喧嘩をした。同棲というのはこういうとき不憫なもので、常に顔を合わせなければいけない。なので散歩をすることにした。足は駅の方まで向かっていた。駅看板は消灯していた。が、男がいた。シャッター音が辺りに響き、彼の周囲には大中小の無数の写真がボードに貼られ、立て掛けられていた。
「カメラマンさん?」ナナミは訊いた。彼は振り向いた。意志の強そうな瞳が闇を射抜き、彼女を射抜いていた。喉仏が張り、口元には適切にカットされた髭が並んでいた。彼はナナミを仔細に眺め、こう言った。
「モデルになってくれませんか?」見た目とは裏腹に言葉遣いは丁寧だった。そこに安心を覚えた。賞に応募するための写真を撮りたい、ということでナナミも同行することになった。

 シャッター音が連打され、ユキオがナナミに近づいてくる。そこには別の〝意志〟が感じられた。そんな思考をしていたせいか、ずらしていたワンピースの肩口を離してしまった。
「あっ」とナナミ。下着が露わになる。
「アダムとイブと林檎。最初は裸だった」とユキオが近づいた。
 暗示のような彼の言葉と照りつける太陽と森の静寂が、解放、の二文字を彼女に与えた。ユキオがナナミの下着を剥ぎ、乳房の突起に唇を這わせた。ナナミは吐息が漏れ、彼の喉仏のラインをなぞり、目を開けた。
 そこには、小鳥が弧を描くように二羽旋回していた。
 西洋では喉仏のことを『アダムの林檎』というのを後日、ユキオから聞かされた。
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