魅せられて


噛み草臥れた燻製を
小皿に戻し
私は顎を摩り


「顎が弱いのかしら」


若干 老化の始まりかと
溜息を零す


「今時の子供達は
 成長過程である時期に
 ジャンクフードを好むらしく
 噛む力が弱いそうですよ

 骨格も顎が小さく
 小顔になる傾向があるようです」


場慣れしたマスターの台詞は
雑誌の記事を刳り貫いた
当たり障りのない言葉


どことなく諸橋と
似ているかもしれない


うんちくを語る訳でもなく
統計的な情報を流し
否定も肯定もせず
それでいて納得の行く
話し方をする


マスターの意見ではない事から
受け取る側は賛否討論の場を
見失ってしまう


だから私は 今まで
諸橋の言葉に
同意せざるしか
負えなかった気がする


奥歯で燻製と格闘する高梨が
カツンと音を鳴らし
小皿に燻製を投げ捨て


「前歯で齧ったら
 一撃で差し歯が取れる」


私は高梨の言葉に
グラスを揺らし
無邪気に微笑んでいた

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