理想の恋愛

　遅刻してきた生徒はゆで卵の前でぜぇぜぇ言いながら立ち止まり頭を下げていた。そんな生徒にゆで卵は容赦なく怒鳴りつける。怒鳴っているせいで何を言っているのかほとんど聞き取れない。しかも、唾が飛び散っている。前列の女子はゆで卵にわからないように引いていた。


「罰としてグランド100周！　それが終わったら腕立て100回！　うさぎ跳び100回だ！」


　そんなことをしていたら次の授業どころか昼までかかるぞ…。


「アニキ！　そんなにやってたらこの授業内で終わらないっすよ？」


　うむ、ナイス助け舟だ、和磨。こういう時、和磨はよく気が利く。


　ちなみに和磨がゆで卵の事をアニキと呼んだのは、表向きにゆで卵が呼ばせているニックネームである。


「うむ…それもそうだな…。なら、今回は腕立て100回で許しておいてやろう」


　和磨の助言で何とか刑が軽減した生徒はホッと安堵のため息をこぼし、和磨にアイコンタクトでお礼を言う。


「よし！　ほかの奴はキャッチボールを始めておけ！　女子は向こうの方を使え！」


　俺たちは男子と女子にわかれて、それぞれでキャッチボールを始めた。ある程度肩が出来上がってくると、みんなで集まって練習試合の準備を始める。


「なぁ、そう言えば薫は？」
「あぁ、ゆで卵が今日は休みだって言ってたぜ」


　俺の問いに和磨が答える。

　後藤(ゴトウ)　薫(カオル)、ゆで卵と並ぶ体育科の教師で薫は女子の講座の担当である。この学園では若い方の教師で最近の学生の心をよくわかっており、生徒からの信頼も厚く教師の中で1、2を争うほどの人気である。ゆで卵とは大違いである。


「へー、薫が休みとは珍しいな…」
「なんでも親が倒れとか」


　まったく和磨は毎度毎度どこからそんな情報を拾ってくるのだろうか…。

　そうこうしているうちに試合の準備が整い攻守に別れて試合が始まる。いつもはそんなにやる気を出さないのだが、今日は調子が良いのか成績がよく打率は10割で5打数5安打3ホーマーと好成績、チーム成績を見ても15対7で勝利。


「やっぱり男子の試合ってすごいよねー」


　いつの間にか女子が観戦に来る始末である。いくらある程度の距離があるといっても2クラスもの女子が集まってくると俺のチキンスキルが発動し始める。

『うっ、ちょっと気持ち悪く…』