嘘つきな唇
「••••プライベートでどう呼ぼうが構わないが、やはり仕事中は気をつけたほうがいいだろう」

プライベートに紗綾の名前を呼ばれるのも気に入らないが、それを自分がこの場で言うべきではないと蒼士は無理やりそう思い込もうとしていた。

「そうです•••よね。早く慣れないといけないですね、そういうのにも」

拓斗は少し困ったなと言うように苦笑したあと、気持ちを切りかえるように表情を引き締めた。

「課長、次の所に案内、お願いします」

「あ、ああ。じゃあ君の配属先になる企画業務課に行こうか。本格的な業務は来週からだが、早く雰囲気に慣れることも必要だからな」

「はい」

蒼士は紗綾がいるだろう休憩室にもう一度視線を向けてから、拓斗を促して歩き始めた。

拓斗は、そんな蒼士の背中を追いながら、そっと顔だけを休憩室の方へ向けてもういない紗綾の面影を追う。

その瞳の中には、火の燃えるような熱さと氷のような冷たさという相反した光を宿していた。





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