ナギとイザナギ
1
僕はナギ。小学5年生。
漢字で書くと『凪』つまり、海が穏やかなときのこと。
たしかに僕自身、激情に狂うことは、ほとんどないけど。
ところで、僕とよく似た名前のお兄さん、イザナギさんのことだけど、どうしてあんなのが神様なんだろうって、とても不思議だ。
「あんなのとは無礼な子供め。これでも俺は神様なんだぞ」
「心の中を読まないでよ」
「神の特権だからいいんだ」
ほら、これだよ。まったく何と言っていいのやらね。
イザナギさんは『いざなぎのみこと』とかいう、かなり有名な神様らしい。
何をするかって、ご利益はたしか、子宝じゃなかったっけか。
まあ、ハンサムだと思うし、悪い人、いや神様か。ではない気がするんだよね。
でも、許せないことがある。
それは、父さんの酒を勝手に盗む癖があることだ。
「酒はお神酒といってな、われわれ神に奉納するもの。だから飲ませろ」
調子がいい。
嫌いではないし、憎めないのだけど、ほかの人間に姿が見えないからって、もうやめて欲しいな。
「あ、こんにちはナギ。あの、イザナギさん、いるかな」
同級生のさぎりだ、イザナギさん目当てでよくくるようになったクラスの女子だよ。
「きょうのプリントよ。ナギが風邪で休んだから、先生がもってくように、って」
「わざわざありがと、雨降ってるのに、ご苦労様だね」
僕はフン、と鼻を鳴らしてプリントをさぎりの手からすくい取った。
さぎりは苦笑いして上目遣いをする。
なんでそんな顔をするのかが、僕には疑問だった。
「やあ、さぎりか。きょうはなんだい。雨が降って濡れなかったかい」
「だ、だいじょうぶですっ、お気遣いありがとう。イザナギさん」
振り返るとイザナギさんが赤い顔でさぎりを出迎えていた。
そういえば、さぎりのやつ、イザナギさんがそばにいると、さっきみたいな顔をする。
いったいどうしてだか、僕には理解できないんだけどね。
「あのさ。さぎりは、なんでイザナギさんにだけ、会いにくるの」
イザナギさんが席を立ったときに、彼女に質問を投げかけてみた。
なぜそうしたかは、正直わからなかった、だけど、気になったんだと思う。
「えっ、イザナギさんにだけじゃないわ、ナギに用事があるからに決まってるでしょ。そのついでよ」
ふうん。そうかねぇ。僕にはそうは思えないな。
そのことについて、くちに出しはしなかったけど。
さぎりが帰ったあとで、イザナギさんは正座をし、僕を正面に座らせた。
この人が正座するときって、絶対なにかあるんだよな。
僕はイザナギさんの顔色を窺いながら腰を下ろした。
「おまえね。女の子にはやさしくしてやるもんだぞ、さぎりは繊細な子だし、いい子じゃないか。あんなつれない態度で追い返す馬鹿者は、おらぬぞ」
いつになく興奮気味で吐く息荒く言い放った。それで僕をたしなめてるつもりか。甘いな。
僕は眼鏡をぐいと持ち上げて言い返した。
「お言葉だけどね、僕はあれで充分やさしいつもりだよ。だいたい、ただのクラスの女子にやさしくしてやったところで、どんなメリットがあるのか、教えてほしいもんだよ」
「おっ、おまえねぇ。め、めりっと、て何だ。ドイツ語か」
「はあ。つまり、さぎりにやさしくしたら、どんな価値があるのか、て聞いたんですよ」
イザナギさんは誤魔化すように咳をして言った。
「ああ、価値ね。そうだな、女には子を産む能力があるから、ておい、ナギ。ちょっと待たんか」
僕は彼の言葉を聞き終わらぬうちに席を立っていた。
漢字で書くと『凪』つまり、海が穏やかなときのこと。
たしかに僕自身、激情に狂うことは、ほとんどないけど。
ところで、僕とよく似た名前のお兄さん、イザナギさんのことだけど、どうしてあんなのが神様なんだろうって、とても不思議だ。
「あんなのとは無礼な子供め。これでも俺は神様なんだぞ」
「心の中を読まないでよ」
「神の特権だからいいんだ」
ほら、これだよ。まったく何と言っていいのやらね。
イザナギさんは『いざなぎのみこと』とかいう、かなり有名な神様らしい。
何をするかって、ご利益はたしか、子宝じゃなかったっけか。
まあ、ハンサムだと思うし、悪い人、いや神様か。ではない気がするんだよね。
でも、許せないことがある。
それは、父さんの酒を勝手に盗む癖があることだ。
「酒はお神酒といってな、われわれ神に奉納するもの。だから飲ませろ」
調子がいい。
嫌いではないし、憎めないのだけど、ほかの人間に姿が見えないからって、もうやめて欲しいな。
「あ、こんにちはナギ。あの、イザナギさん、いるかな」
同級生のさぎりだ、イザナギさん目当てでよくくるようになったクラスの女子だよ。
「きょうのプリントよ。ナギが風邪で休んだから、先生がもってくように、って」
「わざわざありがと、雨降ってるのに、ご苦労様だね」
僕はフン、と鼻を鳴らしてプリントをさぎりの手からすくい取った。
さぎりは苦笑いして上目遣いをする。
なんでそんな顔をするのかが、僕には疑問だった。
「やあ、さぎりか。きょうはなんだい。雨が降って濡れなかったかい」
「だ、だいじょうぶですっ、お気遣いありがとう。イザナギさん」
振り返るとイザナギさんが赤い顔でさぎりを出迎えていた。
そういえば、さぎりのやつ、イザナギさんがそばにいると、さっきみたいな顔をする。
いったいどうしてだか、僕には理解できないんだけどね。
「あのさ。さぎりは、なんでイザナギさんにだけ、会いにくるの」
イザナギさんが席を立ったときに、彼女に質問を投げかけてみた。
なぜそうしたかは、正直わからなかった、だけど、気になったんだと思う。
「えっ、イザナギさんにだけじゃないわ、ナギに用事があるからに決まってるでしょ。そのついでよ」
ふうん。そうかねぇ。僕にはそうは思えないな。
そのことについて、くちに出しはしなかったけど。
さぎりが帰ったあとで、イザナギさんは正座をし、僕を正面に座らせた。
この人が正座するときって、絶対なにかあるんだよな。
僕はイザナギさんの顔色を窺いながら腰を下ろした。
「おまえね。女の子にはやさしくしてやるもんだぞ、さぎりは繊細な子だし、いい子じゃないか。あんなつれない態度で追い返す馬鹿者は、おらぬぞ」
いつになく興奮気味で吐く息荒く言い放った。それで僕をたしなめてるつもりか。甘いな。
僕は眼鏡をぐいと持ち上げて言い返した。
「お言葉だけどね、僕はあれで充分やさしいつもりだよ。だいたい、ただのクラスの女子にやさしくしてやったところで、どんなメリットがあるのか、教えてほしいもんだよ」
「おっ、おまえねぇ。め、めりっと、て何だ。ドイツ語か」
「はあ。つまり、さぎりにやさしくしたら、どんな価値があるのか、て聞いたんですよ」
イザナギさんは誤魔化すように咳をして言った。
「ああ、価値ね。そうだな、女には子を産む能力があるから、ておい、ナギ。ちょっと待たんか」
僕は彼の言葉を聞き終わらぬうちに席を立っていた。