白雪姫と毒林檎
朝の一件があってから、さすがの明治もどうにもこうにも遣り辛くて。麻理子に至っては、そのまま保健室に引き籠ってしまった。
こうなるのが嫌だったからずっと「外面」を作ってきた。そう思えば思うほど、何故あのとき歯止めが利かなかったのか…と、志保の挑発に乗ってしまったことを後悔する。
「おい、メシ食おうぜ」
「あぁ…うん」
いつものように、いつもの場所へ。
そう誘う淳也に応えようと明治も腰を浮かせたのだけれど、ポカンと空いてしまった隣の席を見ると胸が痛くて。
「俺、保健室行ってくるよ」
「んじゃ俺も行く」
「いいよ。お前まで浮くよ?」
「いいんじゃね?俺にとったら「佐野君モード」の方が怖いし」
ふふんっと鼻を鳴らす淳也は、いつもと変わらぬ笑顔を向けてくれて。それもそうか…とそれに苦笑いで応え、明治は麻理子の鞄から弁当箱の入った包みを取り出した。
「ショゲてるだろうね、麻理子」
「案外ぐーすか寝てるかもよ?あいつ図太そうだし」
「そんなことねーよ。彼女は凄くデリケートだよ」
「そう思えるお前がすげーわ。ケロッとして戻ってくるって」
そんなことを言いながら教室を出ようとした二人だけれど、ふと見えた麻理子の姿にぴたりと足を止めた。
「lunchに行くの?アタシも行くわ」
「おーおー。ほらな。言った通りだろ?」
「麻理子、平気?」
「No problem.お腹が空いたから早くlunchにしましょう」
明治の手から弁当包みを奪い取り、麻理子はサッと踵を返す。
言った通りだ。と言った淳也も、それを黙って見つめていた明治も、真っ赤になった麻理子の瞳に気付いて静かに顔を見合わせた。
「だから言ったじゃないか」
「ですね。でも、今朝悪かったのは「佐野君」だと思いますけど」
「え?何か言った?」
にっこりと微笑まれ、淳也は「うっ…」と言葉を呑み込む。
親友の自分でさえ「恐ろしい」と思うのだ。今朝凄まれていた奴らはどんなに恐ろしかっただろう。と、淳也はそっと後ろを振り返る。
すると、ある少女が真後ろに立っていて。
あまりの驚きに声さえ出せないでいる淳也を押し退け、こともあろうか明治さえも押し退け、その少女は麻理子の腕を引いた。
「What's!?」
「楠さん」
「・・・」
麻理子がだんまりを決め込むのは当然だ。腕を引いたのは、昨日「気味が悪いから近付くな」と面と向かって言った少女だったのだから。
「ごめんなさい。昨日は言い過ぎたと思ってる」
「・・・」
「友達に…なろう」
その言葉に驚いたのは、何も麻理子だけではなくて。
初めに押し退けられた淳也も、次に押し退けられた明治も驚きで目を丸くしていた。
同時に、明治は不安に思う。
素直な麻理子のことだ。何も考えずに「OK」と頷いてしまうのではないか、と。
麻理子は友達を欲しがっている。
こうして歩み寄って来るのならば、少しくらい嫌な相手でも受け入れてしまうのではないか、と。
けれど、そんな明治の不安を嘲笑うかのように、麻理子はフンッと鼻で笑って掴まれたままだった腕を思いっきり振り払った。
「No thank you.Because I hate you.」
あははっ。と声を上げて笑う麻理子は、それはそれはイヤミな表情を浮かべていて。何?何?と言葉を理解出来ないでいる二人を横目に、明治はニヤリと笑って麻理子の頭を撫でた。
「それでいいんだよ、麻理子」
「そうね。これでいいんだわ」
「ごめんね、原西さん。やっぱり楠さんかなり傷付いたみたい。もう少し待ってあげてくれないかな?」
にっこりと笑顔を作る明治は、いつの間にか「佐野君モード」にモードチェンジしてしまっていて。それに「あちゃー」と小さく洩らす淳也は、チラリと少女を見遣る。
きっと怖がって震えてしまっているだろうと思っていた少女は、どうしたことか頬を赤く染めていて。驚いて明治の方を向くと、口元に手を当てた明治が「ふふっ」と小さく洩らしながら、まるで人形のような笑顔で微笑んでいた。
「こーえー」
「んー?何か言った?ジュン」
「いいえ、何でもございませんよ。原西、お前も可哀相な奴だな」
ポンポンッと少女の肩を叩き、淳也ははぁっと深いため息をついて明治の隣に並ぶ。
「怖い男だよ、マジで」
「こんな手に騙される方が悪いんだよ」
「将来詐欺師か何か目指してるわけ?お前」
「まさか。後は医者か弁護士かって期待されてる秀才だよ、俺は」
「これはこれは。失礼致しました、秀才美少年様」
「そりゃどうも」
否定も謙遜もしないのは、明治自身が淳也の前で自然体でいる証拠だ。
それがわかっている淳也は、特に嫌な顔もせずいつもと変わらぬ笑顔でバシッと明治の背中を叩いた。
「俺らともだちー」
「何だよ、急に」
「いいから。麻理子!お前も俺の友達だからな!」
少し前を歩く麻理子が、淳也の言葉に振り返る。
そして、大きな目を細めてにっこりと笑った。
「Of course!」
こうして、腹黒悪魔の明治の手によって作り出された女王様麻理子。
この先何年もこの女王様に振り回されることになるのだけれど、友達関係を築き始めたこの少年達は、まだこの先自分達の歩む未来を知らない。
こうなるのが嫌だったからずっと「外面」を作ってきた。そう思えば思うほど、何故あのとき歯止めが利かなかったのか…と、志保の挑発に乗ってしまったことを後悔する。
「おい、メシ食おうぜ」
「あぁ…うん」
いつものように、いつもの場所へ。
そう誘う淳也に応えようと明治も腰を浮かせたのだけれど、ポカンと空いてしまった隣の席を見ると胸が痛くて。
「俺、保健室行ってくるよ」
「んじゃ俺も行く」
「いいよ。お前まで浮くよ?」
「いいんじゃね?俺にとったら「佐野君モード」の方が怖いし」
ふふんっと鼻を鳴らす淳也は、いつもと変わらぬ笑顔を向けてくれて。それもそうか…とそれに苦笑いで応え、明治は麻理子の鞄から弁当箱の入った包みを取り出した。
「ショゲてるだろうね、麻理子」
「案外ぐーすか寝てるかもよ?あいつ図太そうだし」
「そんなことねーよ。彼女は凄くデリケートだよ」
「そう思えるお前がすげーわ。ケロッとして戻ってくるって」
そんなことを言いながら教室を出ようとした二人だけれど、ふと見えた麻理子の姿にぴたりと足を止めた。
「lunchに行くの?アタシも行くわ」
「おーおー。ほらな。言った通りだろ?」
「麻理子、平気?」
「No problem.お腹が空いたから早くlunchにしましょう」
明治の手から弁当包みを奪い取り、麻理子はサッと踵を返す。
言った通りだ。と言った淳也も、それを黙って見つめていた明治も、真っ赤になった麻理子の瞳に気付いて静かに顔を見合わせた。
「だから言ったじゃないか」
「ですね。でも、今朝悪かったのは「佐野君」だと思いますけど」
「え?何か言った?」
にっこりと微笑まれ、淳也は「うっ…」と言葉を呑み込む。
親友の自分でさえ「恐ろしい」と思うのだ。今朝凄まれていた奴らはどんなに恐ろしかっただろう。と、淳也はそっと後ろを振り返る。
すると、ある少女が真後ろに立っていて。
あまりの驚きに声さえ出せないでいる淳也を押し退け、こともあろうか明治さえも押し退け、その少女は麻理子の腕を引いた。
「What's!?」
「楠さん」
「・・・」
麻理子がだんまりを決め込むのは当然だ。腕を引いたのは、昨日「気味が悪いから近付くな」と面と向かって言った少女だったのだから。
「ごめんなさい。昨日は言い過ぎたと思ってる」
「・・・」
「友達に…なろう」
その言葉に驚いたのは、何も麻理子だけではなくて。
初めに押し退けられた淳也も、次に押し退けられた明治も驚きで目を丸くしていた。
同時に、明治は不安に思う。
素直な麻理子のことだ。何も考えずに「OK」と頷いてしまうのではないか、と。
麻理子は友達を欲しがっている。
こうして歩み寄って来るのならば、少しくらい嫌な相手でも受け入れてしまうのではないか、と。
けれど、そんな明治の不安を嘲笑うかのように、麻理子はフンッと鼻で笑って掴まれたままだった腕を思いっきり振り払った。
「No thank you.Because I hate you.」
あははっ。と声を上げて笑う麻理子は、それはそれはイヤミな表情を浮かべていて。何?何?と言葉を理解出来ないでいる二人を横目に、明治はニヤリと笑って麻理子の頭を撫でた。
「それでいいんだよ、麻理子」
「そうね。これでいいんだわ」
「ごめんね、原西さん。やっぱり楠さんかなり傷付いたみたい。もう少し待ってあげてくれないかな?」
にっこりと笑顔を作る明治は、いつの間にか「佐野君モード」にモードチェンジしてしまっていて。それに「あちゃー」と小さく洩らす淳也は、チラリと少女を見遣る。
きっと怖がって震えてしまっているだろうと思っていた少女は、どうしたことか頬を赤く染めていて。驚いて明治の方を向くと、口元に手を当てた明治が「ふふっ」と小さく洩らしながら、まるで人形のような笑顔で微笑んでいた。
「こーえー」
「んー?何か言った?ジュン」
「いいえ、何でもございませんよ。原西、お前も可哀相な奴だな」
ポンポンッと少女の肩を叩き、淳也ははぁっと深いため息をついて明治の隣に並ぶ。
「怖い男だよ、マジで」
「こんな手に騙される方が悪いんだよ」
「将来詐欺師か何か目指してるわけ?お前」
「まさか。後は医者か弁護士かって期待されてる秀才だよ、俺は」
「これはこれは。失礼致しました、秀才美少年様」
「そりゃどうも」
否定も謙遜もしないのは、明治自身が淳也の前で自然体でいる証拠だ。
それがわかっている淳也は、特に嫌な顔もせずいつもと変わらぬ笑顔でバシッと明治の背中を叩いた。
「俺らともだちー」
「何だよ、急に」
「いいから。麻理子!お前も俺の友達だからな!」
少し前を歩く麻理子が、淳也の言葉に振り返る。
そして、大きな目を細めてにっこりと笑った。
「Of course!」
こうして、腹黒悪魔の明治の手によって作り出された女王様麻理子。
この先何年もこの女王様に振り回されることになるのだけれど、友達関係を築き始めたこの少年達は、まだこの先自分達の歩む未来を知らない。