俺様編集者に翻弄されています!
 腹を抱えて大笑いしている氷室を、悠里はぽかんと眺めていた。



「お、お前……あははは」


 ひとしきり笑い終えると、氷室は胸ポケットに眼鏡をしまいこんで、笑い涙を拭った。


「こんな私についてきてくれませんか……か」


「え……?」

(わ、私……なんか無意識でとんでもないこと言っちゃったんじゃ……)


 氷室に自分の情熱を伝えるために、言葉なんて選んでいる場合ではなかった。つい無意識で飛び出してしまった言葉に嘘偽りはなかったが、冷静に考えると恥ずかしさがこみ上げてきた。


「ふぅん、編集者にとって最高の口説き文句だな……」

「あ、あの……」

(なんでこんなにドキドキしてるんだろ私……)

 真剣な眼差しをしたかと思えば、急に艶っぽく見える時がある。それが、氷室の魅力でもあるのかもしれないと思うと、悠里はその虜にならないようにと自分に言い聞かせた。


 
「ケツに火がつくくらい忙しいから、覚悟しとけよ? わかってると思うけど、一号出したら二号の入稿が終わってるようにしとけ、わかったな?」


「はい! 頑張ります」


 悠里は勢いよく椅子から立ち上がって頭をぺこりと下げた瞬間、椅子が後ろに倒れて鞄の中身をぶちまけた。


「す、すみませんっ!」


 悠里は慌てて床に散らばった携帯や本を両手をわさわさ動かしてかき集めた。
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